名前:甘野くちづけ
HP :5
攻撃力:0
防御力:6
素早さ:2
剣技:
・加速剣 ・真法剣
設定:
0 メローイエロー
「……はあ」
「どけ」
夕日が射し、黄色く染まる教室の中、甘野は机の合間をゆっくりと歩き回りながらため息をついた。
そんな甘野の様子は無視して、祭田はほうきでゴミを集めている。
「あ、祭田くん。ごめんね。考えごとしてたんだ。ちょっと……ね」
「どけと言ったんだ」
それは空き缶でも蹴っ飛ばすようなぞんざいな物言いだった。甘野はそれに、少し傷ついたような表情で応える。
もちろん、それはフェイクだった。
甘野くちづけはどんな時だって隙を見せたりはしない。『悩みを抱えた少女が、放課後教室に一人残ってぼーっと物思いに耽る』というシーンを演じていただけだ。
しかし甘野はただ歩き回っていたのではなかった。その歩みは、祭田が教室のあちこちに集めたゴミを蹴散らかして回ることを目的としていた。
「邪魔しかしないなら帰れ」
「へっ、もっと意外性のある台詞を吐いたらどうかね」
甘野は芝居がかった口調でそう言って、机に腰掛けた。そして祭田の背中に大きなため息を投げかける。
「つまんない男ぉ」
祭田はそれら全てを無視し続けた。
甘野は何かを思い出してにやりと笑う。
「『ふふ。予想通りの反応。素晴らしいわ、ぞくぞくしちゃう……♪』」
「何のマネだ、そりゃ」
「何って、ナナミの真似だよ。上原ナナミの独り言。ふふ、ぞくぞくしちゃうだって。笑えるわよ、あいつ」
そう言って甘野は一人くつくつと笑う。
「ねね、あいつが何作ってるか知ってる? あいつがいつも持ってる手帳に、何が書いてあるか知ってる?」
「知るか」
「あれはね、『人間シミュレータ』なんだって。あはは、ご丁寧にも一ページ目にでかでかと書いてあった。小学生じゃあるまいし、おっかしいよねえ。んで、あの中にはクラス全員の行動様式から性格から何から、あの子が思いついた全てが書き込んであるのよ」
「何でそんなん知ってるんだよ」
「さっきの愉快な独り言にツッコミ入れたら『誰にも言わないでね、私たちだけの秘密』とか言ってきたの」
甘野は心底愉快そうにケラケラと笑った。もちろん、それもフェイクだ。
甘野くちづけは意味もなく笑ったりしない。彼女の笑いは『甘野くちづけが笑っている』ことを他人に示す手段でしかなかった。普段の笑みは仮面としての微笑。そして放課後祭田と二人きりの時はほとんどが嘲笑だった。
「でもあたしの欄にはまるで見当違いのことしか書いてなかったんだわねー、これが。静かで真面目で少し抜けてる『甘野くちづけ』が書き込まれてた。なァにがシミュレータなんだか」
「別に」
祭田はちりとりのゴミをゴミ箱へいれながら言った。
「お前みたいなのとコミュニケーションをとるなら、それで十分だろう」
「あら、肩を持つじゃない。こーいう悪趣味な人間は嫌いなんじゃなかったっけ?」
おどけた口調に乗ることなく、祭田はあくまで淡々と答えた。
「上原さんはお前とは違う」
「はっ、あんたなんかにあたしの何がわかんのよ」
「お前は悪意の塊だ」
「その悪意のカタマリ様が悪趣味だって言ってんのよ。あいつはね、他人が自分の作り出したシミュレータ通りに動くのが楽しくて仕方ないのよ。歪んだ支配欲の果てが、あの手帳よ」
「ひねた見方だな」
「それ以外にないでしょ?」
「……一部だけ見て勝手な想像で内側を推察して非難するなんてのは、バカのやることだ」
祭田が掃除の手を止めて睨みつけると、甘野はほっ、と小さく息を吐いて眼を細めた。
「さっきの言葉をそのまま返してやろう。お前に上原さんの何がわかるっていうんだ」
「わかってなきゃ何も言っちゃいけないのなら、子供は口もきけないわね」
「わからないならせめて、無礼な言葉を吐くなと言っているんだ」
「どっこい私にゃわかってるのよ、あの子の全てが。独占欲と支配欲。虚栄心と優越感、その黒い黒い甘さまでを、私は感じられる……♪」
甘野は天を仰いだ。祭田は鼻を鳴らすと再びちりとりに向かった。
「そうだ。今度みんなにこっそりあの手帳のことを教えてみようかな。みんなで示し合わせて、いつもと少しずつ違う行動を取り出すのよ。そしたら、きっと面白いだろうな!」
甘野は子供のように頬を赤く染めて一人喋り続ける。
「そしたら上原はきっと再びあれの中身を書き直すに違いない。でも、皆の行動の虚実を見分ける術はない……あの子の野望は、砂の城のように穏やかに崩れていく! それでもあの子はきっとあの手帳を手放さない。依存しきっているものを自ら手放したりはできないだろう! ねえ、そうだと思わない?」
「帰れ。閉めるぞ」
祭田はちりとりとほうきをしまって、教室の鍵をちゃらちゃらと鳴らした。
「ちょっと。あたしの話聞いてた?」
「全く」
「……ざっけんな」
甘野はゴミ箱を思い切り蹴り倒した。
「あー、まだゴミがこんなに散らかってるー。最後まで掃除していきなさいよねっ」
「知るか。お前が汚したんだからお前がなんとかしろ」
「ほら、早くしないと日が暮れちゃうよーん」
祭田は小さく舌打ちすると、再び掃除ロッカーを開け掃除をはじめた。
甘野はそれをニヤニヤと心底嬉しそうな表情で眺める。
もちろんそれはフェイクではない。
『好きな人と一緒にいられてうれしい』
年相応の女の子のような、甘野くちづけの偽らざる本心の表れだった。
オーナー:piyo
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