名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:1
剣技:
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ護>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>

設定:
1.
 フコーは突然やってきた。まあジワジワやってくる不幸はあまりないが、私の場合危機感が鈍いのか、失敗の前兆に気付いていながら手を打たず、コトが目前に迫ってから初めて焦り後悔するということがよくあった。例えば急いで家を出ることになって、何か忘れ物をしそうだなと思っていながら持ち物をよく確かめなかったり。そういう時は、自業自得だが、不幸がにじりよってきたように感じられた。

 しかしフコーは不意打ちだった。いや、よくよく考えれば、それまでの人生で伏線のようなものは張られていた気もする。だがそれでも、私は事前にそれに気づくことはなかった。

 もったいぶるのはこれくらいにしよう。

 話は、高校二年生の四月、合唱部の九島(くとう)さんと話していた時から始めようと思う。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:4
(nm43291)(elec.)(Madness)(kusa_hen)


まるかわいい (elec.)(03/01 00時17分15秒)

名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:1
剣技:
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>

設定:
2.
 二年一組九島(くとう)すうこさんは、学年一背が小さいがいつもエネルギーを放射していて、見ていると何だか感心してしまう。成績優秀で社交的、それでいて不謹慎な笑いなんかも解する九島さんに、私は内心敬意を持っていた。ただ一つ九島さんの行動で不思議なのは、私みたいな教室の隅っこがお似合いな奴と友達なことだった。
 その時私たちは、私のクラスである二年四組で、広げた弁当箱ごしに部活について話していた。自分のクラス以外の教室に入り、ましてそこでお昼を食べるなんて私にはちょっと抵抗があるのだが、九島さんはその辺り平気らしい。
「戻ってきてよ。低音が足りなくてキツイんだ。ウルだって楽しかったって言ってたじゃない」
 猫の足跡模様の可愛い箸をふるい、九島さんが熱弁する。
 ウルこと、私、漆口ふたえは昨年度まで、九島さんと同じ合唱部だったのだ。彼女と友達になったのもそれがきっかけと言ってよい。しかし私は、学年が上がるのに合わせて退部していた。
「いやいや、何度も言ったじゃないすか、私にゃ才能がなかったんですよー」
 私はシューマイを突き刺しおどけるが、九島さんは続ける。
「何言ってんの。ウル、いい声してるよ」
 私の声はかなり低い。小さい頃はそれでよくからかわれた。小学校の音楽の授業で歌劇のビデオを観た時など、バスパートが歌い出した途端に「漆口だ!」とクラス中に爆笑されたこともあった。歌手になぞらえたのだから叱るに叱れなかったのだろう、音楽教師の困った顔まで鮮明に覚えている。
 そんな些細なコンプレックスを克服しようという、私にしては記録的に前向きな決意により、高校入学を機に合唱部に入ったのである。実際、遠慮なく声を出せるのは楽しかった。やる気を出させる為のおだてだろうが、ちょっと誉められたりもして、ガラクタと思っていた金屑が宝箱の鍵と分かったような気分すらしたのだ。初めの頃は。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ。やっぱダメだわ。私にアーチストは無理無理」
「何で?」
「いや、単に根気がないってだけ。九島さんから、割と熱心じゃないウチの合唱部。先生も厳しいし。チャランポランな私には荷が重かったんだ」
「……嘘だね。あんな頑張ってたじゃない」
 今日の九島さんはいつになくしつこい。その理由は分かっていた。私の転部先が気に入らないのだ。
 合唱部を辞めた私は、地学部に入っていた。私の高校では全員が何らかのクラブに所属する必要があるのだが、地学部は幽霊クラブの代名詞だった。その幽霊ぶりは徹底しており、勧誘活動はおろかいわゆるクラブ紹介すら行わない。その為、普通の新入生は地学部の存在にすら気付かない。学校生活を送るうちに噂で知り、普通の部活からドロップアウトした者達が籍だけ移していく、という怪しげなクラブである。そこに、今年度春の唯一らしき新入部員として、私が入ったわけだ。
 それを今日まで九島さんに伝えずにきた。きっと何か言われるだろうと思い誤魔化してきたのだが、予想通り合唱部を辞めると伝えた時以上の説得を受けている。
「ねえ、本当にどうしたの。相談……って言葉は何だか重くてあんまり好きじゃないけど、何かあったんでしょ。話してみてよ」
「…………」
 九島さんは本気だ。そして本気の九島さんに対し沈黙を貫けるほど、私は根性が据わっていなかった。
「えっとねえ」
「うん」
 急かす、というほどでもなく、しかし先を促す相槌。九島さんはこういうのがうまいなあと、話しているといつも思わされる。
「……実は、私九島さんに惚れちゃったんだ。」
「!」
 目をむく九島さん。私は目を逸らして一息に続けた。
「そばにいると想いが込み上げてきてさ。でも、あれじゃん、私ら女同士じゃん? そういうのってよくないし、かと言ってこの胸の愛が消えるわけじゃないし、今までみたいに一緒にいたらいつ押し倒しちゃうか分かんないわけ。だから、一緒にいる時間を減らして、この愛をちょっとでも冷まそうと思ったんだ」
「…………」
「とか、そういう理由だったらどうかなって」
「……もういい」
「あ、分かってくれた? いやあ、私も悪いっては思ってるんだけどさあ、」
「もういいって言ったの!」
 合唱で鍛えられた九島さんの怒声はよく通った。
 しんとした教室の中、逸らしていた目をゆっくりと九島さんに戻すと、九島さんは眉を吊り上げて私を睨んでいた。
「もう、ウルなんて知らない!」
 荒っぽく自分の弁当箱を片づけると、九島さんは音を立てて席を立ち、教室を出ていった。
 取り残された私は、周囲からの視線を感じながらため息をついた。
 もう少しやりようがあっただろうか。周囲から向けられる視線の痛みは我慢できるにしても、九島さんを傷つけないやり方が。しかし、この漆口ふたえは、そんな対応を思いつけるほどコミュニケーション能力が高くないのだった。


 いつもに増して居心地の悪い残りの昼休みと午後の授業が終わり、掃除の時間。学校の裏庭を箒で掃きながら、私は九島さんとどうしたらいいか考えていた。
 九島さんと仲直りはしたい。しなければならない。とりあえず私が謝るべきなのは間違いない。けれど仲直りするには手土産が必要だろう。何がいいか。ケーキ? クッキー? 本? CD? 香水?
(そういうもんじゃないだろ)
 そう、九島さんに望まれているのはそういう物ではない。考えるまでもない、私が合唱部を辞めた理由を正直に話せばいいのだ。それで私と九島さんの間の確執は一発解消、私は貴重な友人を失わずにすみ灰色の高校生活を回避できるのでした、めでたしめでたし。でも、そうするわけにはいかない。
(それはなぜか?)
 なぜなら、それでうまくいきうるのは、私と九島さんの間だけだからだ。
「――ちさん。漆口さんっ」
「え?」
 私を呼ぶ声に、背後を振り向いた。
 同じ裏庭掃除当番の女の子が、ごみ袋を突き出して立っていた。やや憮然とした表情になっている。何度も私を呼んでいたのだろうか。こういう表情を向けられるのは慣れているが、昼休みのようなことがあった後だと、責められているかのように感じてしまう。
「向こうの掃除、終わったから」
「あー。お疲れ様」
「それじゃ」
 私がごみ袋を受け取ると、彼女はさっさと踵を返して裏庭から出ていった。ごみ捨て場まで持って行くのは私がやれ、ということらしい。まあ、一緒に行きましょう、などと待たれていても嬉しくない。そんなことになったら、何を話せばいいのか分からず気まずい沈黙が落ちるだけだろう。私はクラスで孤立している。周囲の人間に馴染めないのは昔からだ。それでいいと思っていた。なぜ皆が自然に人と親しくなれるのか、親しくなりたいと思えるかが分からなかった。彼女たちとは決定的に何かが違うのだと思っている。唯一、合唱部の仲間とだけはある程度話せた。けれど。
「どうせ、部活はないもんな」
 そう、もう部活はないから、急いで掃除をする必要はないのだ。かさばる楽譜を持ち歩かなくてもいいのだ。顧問にしごかれて辛い思いをすることもないのだ。コンクール前のストレスで食欲不振にならなくてもいいのだ。私は自由だ。
 ポツリ、と手に雫が落ちた。
「あれ、私泣いてる?」
(……なあんつって)
 こんなことで涙が出るほど私は繊細ではない。空を見上げると、重い色をした雲が垂れこめていた。天気予報では夜から降るという話だったが、早まったらしい。雨に唄う気はない、早く掃除を終わらせよう。
(濡れてブラジャースケスケにして男子どもを悩殺するのもアリじゃね?」
 ありえない。合唱部を辞めて気楽になったのに、何でまたそんな面倒くさくなりそうなことをしなきゃならないんだ。
「恋は若いうちにしとくべきだって言うじゃないか)
 だからって無理に恋をするのはおかしいだろう。
 集めたごみを手早くごみ袋に入れ、私も裏庭を後にした。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:5
(アスロマ)(clown)(suika)(samantha)(Madness)


きゃータカテイの百合だ! 素敵! (clown)(03/03 00時19分26秒)

青春だ (suika)(03/03 00時34分08秒)

こーゆーリアルな百合は好きです (samantha)(03/04 19時48分17秒)

名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:2
剣技:
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>

設定:
 一般的な女子高校生というものは、もしかして寄ると触ると恋愛の話なんかをするものなのだろうか。最近世のメディアで散々披露されているガールズトークとやらは、七割ばかりが恋愛の話題で、残りがファッションや食べ物の話題であるような気がする。私はあまり仲のいい友達というものがいないので、よく分からない。少なくとも、私と九島さんの間では、恋愛の話はほとんど出たことがない。
 私に関して言えば、色恋沙汰に興味がないわけではない。初恋らしきものは一応幼稚園の頃に済ませた。恋愛小説や映画も見る。けれど今、実際に誰か男の人と付き合ったりしたいとは思わない。面倒だからだ。もしも凄く好きな人ができたなら、そんな面倒さなんて吹き飛ぶのかなあと思うけれど、恋をするために手ごろな男とくっつこうという気にはならない。草食系女子(女にも使うのか?)というやつなのかもしれない。まだ自分を干物女とは思いたくない。
 そして、九島さんに関して言えば。惚れた腫れたの話は鬼門だったりする。詳しいことは知らないが、昔、恋愛に関して何か嫌なことがあったらしい。九島さんと話すようになって間もないころ、適当な場つなぎとして好きな人とかいるのか、などと尋ねたところ、九島さんは眉根を寄せて「うーん……私、そういうのちょっと苦手なんだ」と言った。そのつもりで九島さんを観察していると、周囲の話題がその辺りに及ぶと、少しだけ嫌そうな顔になるのだ。嫌そうな、というか、苦しそうな、というか。暗い感情をあまり見せない九島さんが表情に出してしまうのだから、きっとまだひどく痛む傷があるのだろう。だから私は、九島さんの前で恋愛の話はしないできた。今までは。

 早々に家に帰って味の感じられない夕飯を家族と食べた後、私は自分の部屋のベッドに転がって今日のことを思い出していた。
 結局昼休みから九島さんとは目も合わせなかった。
 合唱部を辞めた理由を話したくない、ということの表現として、わざとタブーの話題にかすってみた。結果は、うまくいったと言えばうまくいったが、効果がありすぎた。九島さんを本気で怒らせてしまった。
 九島さんのことだ、あの程度の傷への触れられ方で、頭に血が上るほど痛かった、というわけではないだろう。怒ったのはきっと、弱みを使ってでも九島さんの心配を拒絶しようとした、私の卑怯さと悪意に対してだ。九島さんはおそらく、自分の恋愛に対する苦手意識を私に知られている、と気づいてている。その上で私があんなはぐらかし方をするということは、裏切り、いわば宣戦布告だ。嫌がることを意図的にされたショック。それに九島さんは傷付き、怒ったのだろう。
 などと、勝手な九島さんの分析をして、私は枕に顔を埋めて息を止めた。
 九島さんは今どうしているだろうか。まだ怒っているだろうか。それとも、怒ったことを後悔しているだろうか。だとしたらますます申し訳ない。二重三重に傷付けてしまったことになる。やっぱり謝らなければならない。でもどんな風に?
「だから、やっぱ正直に話すべきだろ」
 それが一番簡単なのは分かる。けれど……。
「何迷ってんだよ、悪いのはお前じゃねーだろ。遠慮するこたないって」
 悪いことをしてなきゃ、悪いことには繋がらない? そうだったらどんなにいいか。でもそんなわけがないことは、たかだか16年の人生でもよく分かっている。それこそ私が部活を辞めた理由だって――。
(え?)
 私は枕から顔を上げた。今まで私は息を止めていた。それなら、今、しゃべったのは、誰だ?
「俺だ」
 ひょこり、と。私の顔の前、ベッドの頭側の枠の上に、そいつは現れた。
 そいつの外見を、どう説明したらいいだろう。大きさは15cmほど。大体は、小人のようだ。背中に四枚の色の違う羽があるから、妖精のようだと言った方がいいだろうか。肌の色は薄緑。どこかの民族衣装のような、クリーム色のゆったりした服を着ている。肩口まで伸ばした銀色の髪。そこから飛び出た尖った耳。顔だちは、小学校高学年の男子程度に見える。右目に青い眼帯をつけていた。
「やっと見つけたな、俺を」
 それが、私とフコーとのファーストコンタクトだった。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:1
(suika)


名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:2
剣技:
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>

設定:
4.
「やっと見つけたな、俺を」
「え……あ……」
 わけの分からない物を発見した私は、パクパクと間抜けに口を開け閉めした。
 ベッドの枠に腰掛けたそいつは、ぶらぶらと足を揺らしながら話し続けた。
「気付くのが遅いんだよな。学校でも話しかけたのにスルーしやがって。俺ちゃん淋しかったー」
「あ、あんた……」
 私はやっと言葉を発した。
「あんた何?」
「まあそう聞くと思ったけどよ。何だろうな? 俺も自分が分からん。気付いたらお前のそばにいた」
「え、いや……え?」
「俺を見ることができるのも、俺の声が聞こえるのも、今のところはお前だけらしい」
「そんな……」
「俺がどういう存在かはお前が決める必要があるってこったな」
「…………」
 私はそいつをじっと見つめた。そいつは少し居心地悪げに、腰をもぞもぞと動かした。
「……本当に、いるの?」
「いると思ってるが、証明はできねーなあ。我思う故に我ある、はず、としか言えん」
 話しながらそいつは、羽を動かし、ふい、と宙に浮かんだ。私の目の前まで飛んでくる。とても、こんな大きさの物が飛べるほどの勢いで羽ばたいているようには見えなかった。
「色々試したけど、こうやって触れるのも、お前だけだしなあ」
 そいつは、ツン、と私の鼻をつついた。確かにその感触があった。
 私が反射的にのけぞると、そいつはにやりと笑った。
「へへ……いるだろ?」
「……よし。状況を整理しよう」
「おうそうだな、整理するのはいいことだ。俺も協力するぜ」
「あんたちょっと黙ってて」
 そいつは何だか寂しそうにベッドの枠に戻っていったが、構ってはいられない。
 まず、こいつは見える。それは間違いない。右目で見ても左目で見ても、いる。声も、聞こえる。聞こえるって言うか、半ば頭に響くみたいだけど、とにかく分かる。そいつに向けて人刺し指を伸ばす。
「お、握手か?」
 小さな手で私の人差し指に触れてくる。感触が、ある。
「……この目で見たものは、信じざるをえないよね」
「俺の人権を認めるか」
「……人?」
 私のつぶやきに、そいつは無責任な感じで、さぁ、と首を捻った。
「まあ、俺が何にせよ、ここにいるんだからそれを受け入れるべきだな。この俺が見えるなんて、お前は幸せだぜ。話し相手もロクにいないお前に付き合ってやるんだから」
「何で話し相手がいないって知ってるの」
「俺はお前のことなら大体知ってるんだよ」
「えー……」
 私は顔をしかめた。こんな突然現れたよく分からない奴に、プライベートなことまであれこれ知られてるなんて、凄く気持ち悪い。
「で、お前の数少ない話し相手である九島のことはいいのか?」
 そうだ、こんな奴より、貴重な友達であり尊敬相手である九島さんとのことを考えなければ……いや本当にこいつは二の次でいいのか、こんなものが現れた方が大事件じゃなかろうか。
「俺の意見を言わせてもらうなら、やはり説明するべきだと思うね」
 指を振りながらそいつは偉そうに語った。
「九島に気を使うのもいいが、自己満足になってねえか?」
 妖精だか精霊だか霊魂だか分からないが、今までの私の常識からは大きく逸脱している。どうすればいいんだ。
「おいおいおい、聞いてるか? 俺が相談に乗ってやろうっつう幸せを無駄にすんじゃねーぞ」
 そいつはピーピーわめいた。
 ……よし、やはり九島さんのことを先に考えよう。こいつのことは、考えてもしかたがない気がするし、とりあえず害は無さそうだ。けれど九島さんとは、早く関係を修復しないと、このままズルズル縁が遠くなってしまいそうだ。それは絶対に避けたい。
「うん……聞いてる。でも、九島さん、本当に恋愛の話って苦手そうだし」
「それで無理に誤魔化そうとするから、今日みたいなことになるんじゃねーか。だから自己満足だっつーんだよ。浮いた話がナンボのもんだってんだ」
 恋愛の話、浮いた話。そうなのだ。私が合唱部を辞めた理由も、つまるところそれなのだ。


 ある所に、一人の女の子がおりました。女の子は男の子と出会い、恋に落ちました。女の子は男の子にさりげなく近付きます。女の子と男の子の仲は深まっていきました。そして女の子が勇気を出し、自分の想いをはっきり伝えようとする直前。男の子が、悪い魔女に心を奪われていることが分かりました。女の子は、魔女をやっつけるための冒険の旅に出ました。仲間を集め、様々な苦難を乗り越え、女の子はついに魔女を打ち倒すことに成功、最果ての二人は幸せになりました。ハッピーエンド。
 ――とまあ、私が合唱部を辞めた経緯をおとぎ話っぽく説明するなら、そうなる。しかし残念ながら、私の役どころは女の子ではない。悪い魔女だ。
 普通に説明するならば。合唱部の同学年生である女子Aが、同じく合唱部の男子Aを好きになった。しかし男子Aは物好きなことに、はぶかれっ子な私を好きだったらしい。私を邪魔に思った女子Aは、取り巻きと一緒に嫌がらせをし、私はそれが嫌になって退部した、ということになる。
 よくあるといえばよくある話だろうと思う。大人から見れば、高校生らしくて微笑ましい、なんて言ったりもするかもしれない。だが当然、当事者の私からすれば微笑ましさなど欠片も無かった。
「お前被害者だろ」
「そりゃあ、どっちかって言えばそうかもしれないけど」
 妖精もどきと私の会話は続いていた。
「だから遠慮することはないっつの」
「姫宮たちには遠慮する気は無いけどさあ」
 姫宮高乃(ひめみやたかの)というのが女子A、私に嫌がらせをしてくれた中心人物である。
「問題は九島さんだって。大好きな合唱部で、そんなドロドロした、しかも苦手な恋愛のもつれがあったなんて知ったら、凄い悩むよ」
「お前が答えをはぐらかしても悩む。何でお前はそんなに九島に対し気を使うんだ?」
「それは……九島さんは、えー、あー」
 何だか言葉にするのが恥ずかしくて詰まった。
「ほう、大切な友達だから、ねえ」
「え、ちょ」
「言ったろ、大体分かるんだよお前のことは」
「…………」
 理不尽だ。
「大切なのは分かるけどよ。過保護なんじゃね?」
「過保護なんて。別に私は九島さんの保護者じゃ」
「保護者ぶってるって言ってんの。っていうかさ、お前」
 妖精もどきは私の顔をビシリと指差した。こんなにあからさまに指を指されたのは初めてな気がした。
「九島のこと信頼してないんじゃないか」
「!」
 ひどいことを言われた、と思った。けれど心の奥では、痛いことを言われた、とも感じていた。
「苦手な話題から守られ続けられる年でもないだろ。まして恋なんてありふれた話から。今日お前がやったみたいに悪意と一緒に触れられたら怒るだろうが、何があったか真面目に落ち着いて率直に言われたらちゃんと受け止める、受け止められるだろ」
「…………」
 私はすぐに頷いたりはしなかった。けれど、否定することもできない。
 妖精もどきはふらふらと飛び上がると、私に背を向けて勉強机の方へと飛んでいった。話はもう終わり、ということらしい。勝手な奴だ。
「……そう、なのかな」
「俺はそう思うがね」
「…………」
 私は迷い、口をつぐんだ。後から考えれば、心の深いところで、私はどうするか決めていたのだろう。それが表面にまで浮かんでくるには、お風呂を済ませ、パジャマに着替えて、眠りにつく直前までかかったけれど。
 私が日常のあれこれをしている間、妖精もどきはフラフラと近くを飛んでいたり、どこかに消えたりしていた。「お、風呂か、よし洗え、ゴシゴシ洗え」みたいなどうでもいいことも言っていた気がするが、よく覚えていない。お風呂場にまで入ってこようとするのは困ったので覚えている。
 ベッドに入り、私は蛍光灯の上で片足立ちをしている妖精もどきに声をかけた。
「ねぇ。……あんたは何で現れたんだろうね」
 妖精もどきは軽い調子で答えた。
「さあ。だが多分、お前が凄く困ってたからじゃないか?」
「私が、困って?」
「だが安心しろ、俺が来たからにはきっちり幸せにしてやるからよ」
「……怪しい」
「なんだと」
「おやすみ」
 妖精もどきはまだ何か言いたげだったが、私はリボンを使ってベッドまで延長してある照明の紐を引っ張り、明かりを消した。妖精もどきが何かどうでもいいことを言っていてうるさかったが、私は九島さんとのことを考えている内に、いつの間にか眠りについた。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:4
(suika)(アスロマ)(elec.)(Madness)


長い (suika)(03/07 00時26分05秒)

読み読み (アスロマ)(03/07 00時29分43秒)

名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:2
剣技:
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>

設定:
5.
 翌朝起きると、妖精もどきは消えていた。
 あれは丸ごと夢だったのだろうか、と思った。だが、あれが夢だったとしても、私はあの妖精もどきの言葉で決めたのだ。
 九島さんに、何があったか話そうと思う。
 九島さんは、性格の曲がった私でも尊敬の念を抱かされる、本当に立派な人だ。ちょっとやそっと苦手な話だからといって、子供みたいに逃げ出すとは思えない。私がなぜ退部したかを、冷静に受け止めてくれるだろう。あのよく分からない妖精もどきの言葉に従うのは何だか癪だが、でもこれはちゃんと私が考えたことなのだ。自分で責任を持って決めた行動なのだ。だから、話をする。
 ……なんて。目を覚まして、服を着替えるまではそんな強い決意とともにあったのだが。朝ごはんを食べて、家を出るくらいになると、みるみる憂鬱になってきた。私はややこしい関係のもつれというのが、大変苦手だ。シリアスな空気も苦手だ。
 天気はよかったが、私は小さい頃から雨の方が好きだった。雨の日は、あまり活発さが求められないような気がするからだ。その気楽さに比べれば、髪がやたら跳ねる程度どうということでもない。どうせ私はオシャレに興味はないのだ。しかし今日は天気がいい。朝日が私を脅しつけているようで心が縮む。
 私はいつもに増して肩を落として通学路を歩いていた。すると、声が聞こえた。
「お前本当に根性ないのな」
 不意の声に辺りを見回すと、近くにある塀、の上にいる痩せた猫、の首の上、に、妖精もどきがまたがっていた。なんかドヤ顔で。
「……何で猫?」
「いや、なんかインパクトのある登場の仕方をしたいと思ってな。そしたらちょうどいいナマモノがいたもんで。どうせ俺が触ってもこいつらは気付かんわけだし、それなら存分に利用させてもらおうかと。帝王学だな」
「それは帝王学に対する大きな誤解だと思うけど」
「そんなことより問題はお前の根性のなさだ」
「う……」
 妖精もどきは猫の首から飛び上がると、私の目の前に飛んできた。大して苦もない様子でホバリングをしている。
「俺のありがたい言葉で幸福への一歩を踏み出そうとしてるのに、何をためらうことがある」
「幸福なのかなあ」
「話を逸らすな。決めたんだろ。大切な友達をなくしたくないんだろ。だったら話すしかない」
「……分かってるよ」
 妖精もどきの大げさな言葉は、しかし私の内心へは響いていた。大切な友達。なくしたくない。その通りだ。九島さんは学校でほぼ唯一の私の友達だし、もしも私にたくさん友達がいたとしても、九島さんほど素敵な人は他にいないだろう。かけがえが、ないのだ。
「うん。話す」
 私は自分の心を決めなおした。それしかないのだ。
「ありがと、フコー」
「いやいやどうってことないぜフコーってなんだ。萌え語尾か」
「あんたの名前。夢で考えた」
「おお、ついに俺も登場人物として人格が認められたか。どういう意味の名前だ」
「不幸。不幸せ。ハードラック」
「なんだと。ファック。ファァーック!」
 妖精もどき改めフコーは、小さな中指をつきたててきた。
「だって、私を幸せにするために現れたってことは、私が不幸せだからあんたがいるってことでしょ。『世界が皆幸せなら歌なんて生まれないさ』って感じ? あんたは不幸の化身。だからフコー」
「なるほど、理屈だな」
 何度かうなずくフコー。
「って、だからってお前他人にフコーってひどいだろ。虐待だろ」
「いいの。あんたは私からしたらわけ分かんないんだから、そういう名前がお似合い。どうせ私しか呼ばないんだし」
「これがパワーハラスメントか……。む、見ろ」
 フコーが空を指す。そちらを見ると、太陽が輝いていた。今日は快晴だった。
「何? 飛行機?」
「いや、太陽の位置的に、果たして学校に間に合うのかという疑問が浮かんでな」
「あ!」
 慌てて腕時計を見る。時間はギリギリだった。
「ヤッバ!」
 私は、本当はまだ少し残っていた躊躇いをその場に捨てて、学校に向けて走り出した。




「ごめんなさい、九島さん」
 昼休み、学校の裏庭にて。私は九島さんと二人だけで立っていた。
「昨日、心配してくれてるのに、わざと嫌がるようなこと言ってごめん。私が悪かった」
 そう言って私は頭を下げる。
 私の言葉を、九島さんは眉を下げ、少し困ったような表情で聞いていた。それから、ゆっくり首を振った。
「ううん……いいよ、私も、無理に聞こうとしてごめん。ウルにも色々、事情があるよね。もう聞かないから」
 九島さんは、昨日はあんなにしつこかった追及を、あっさり止めた。やはり、昨日一晩、後悔したのだろう。悪いことをしたと思う。
「いえ。聞いてほしい。何があったか。話したいから。聞いてくれれば、だけど」
 九島さんは、驚いた表情になった。
「……大丈夫なの?」
「うん。私は」
「じゃあ、聞かせて。やっぱり、聞きたいから」
「よしきた」
 重くなった空気が嫌で、わざと少し軽く言ってみた。九島さんも、それに合わせるように、少しだけ微笑んでくれた。そして私は話を始めた。
「実は……」
 私の話は、かなり細かい物になった。誰が私にちょっかいをかけてきたのかなどは、ぼかした方がいいだろうかとも少し思った。だが、この期に及んで変に隠し立てするのは相応しくないと考えて、正直に姫宮の名前を出した。誰かにこのことを話すのは初めてだったが、午前中の授業を聞き流しながら、何度も頭の中で話の仕方を確認してきたから、スムーズに話せたと思う。
 九島さんは、相槌を打ちながら聞いてくれた。意外なというべきか、やはりというべきか、恋愛が原因だと話しても、あからさまに嫌な顔はしなかった。私が姫宮たちにされたこと、例えば楽譜を一部分抜き取られ掃除バケツに突っ込まれていたことに始まり、囲まれて罵声を浴びせられたとか、もっと嫌なことをされたとかのくだりの部分で、痛ましそうな表情になったくらいだ。
「……まあ、そういう感じで。私が合唱部にい続けても状況は変わんないかなと思って、辞めさせてもらったってこと。今更まともな他の部に行っても、ほら私って浮いてるから馴染むのに苦労するだろうし、また似たような揉め事が起きても嫌だから――まあ私が男に惚れられるなんてもうないだろうけど――、気楽な地学部に入ったの。以上っ」
 そうやって私は話を結んだ。
 九島さんはまた一つ、小さくうなずいた。
「ありがとう、ウル。話してくれてよかった」
「そうかな」
「うん……私に惚れたなんてめちゃくちゃな話よりは少なくともいいよ」
「いやあれはその苦し紛れというかイッパイイッパイの産物というか」
 くすり、と九島さんは笑った。それだけで私は救われた気分になった。
 九島さんはまじめな顔に戻り、
「じゃあ、ウルは、合唱自体が嫌いになったんじゃないんだよね」
「それは。…………」
 少し、詰まった。けれど、言いたかった。
「……合唱、好きだよ」
「……本当は、辞めたくなかったんだよね」
「…………」
「ごめんね、気付いてあげられなくて」
「やめてよ、九島さん。九島さんのせいじゃないよ。今日謝るのは私の方なんだから」
「ウル……」
 九島さんは、私に歩み寄ってきた。そして、私の背中にそっと手を回した。
「辛かったよね。孤独だったよね。ウルは悪くないのにね」
 九島さんの小さい体は、私を抱擁するというより私に抱きついているようだった。けれど、とても柔らかく暖かかった。
「う……うう」
 私は姫宮たちに嫌がらせを受けている時も、一度も涙を流さなかった。人の前でも、一人の時も。だから私はまだまだ平気だと思っていた。だから誰にも言わなかった。小学校の高学年頃から高校に入るまでの友達のいない年月は、私にそれを自然なことだと受け取らせていた。むしろ、九島さんとおしゃべりして笑えているし、ご飯も食べられるし、幸せで余裕があると信じていた。姫宮たちの行為をくだらないと見下して、心の安定を保てているつもりだった。
 でも、私は気付いた。違うんだ。外に出さなかった涙は中に溜まる。それは外に出すより始末が悪い。足の先から段々と水位を増して足取りを重くし、腰を越し、やがて息がまともにできなくなる。私はそうなる寸前だったんだ。限界は近かった。気付いてしまった。九島さんが気付かせてくれた。私は、とても、辛かった。
 鼻の奥がつんとし、目頭が痛くなり、呼吸がひくりと痙攣するのを自覚したら、もう耐えられなくなった。
 私は泣き始めた。
「嫌だったよ……辞めたくなかったよぅ……」
「ごめん、独りにしてごめんねウル」
「戻りたい……合唱したいよ……悔しいよ……!」
 九島さんはもう何も言わず、昼休みの間、ただ子供のように泣きじゃくる私を抱きしめていてくれた。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:5
(clown)(Madness)(suika)(samantha)(clown)


百合じゃなかったけれど面白いのでよかった (clown)(03/09 00時24分24秒)

胸が締め付けられる… (Madness)(03/09 00時28分04秒)

イイハナシダナー (suika)(03/09 00時31分22秒)

いや百合だろ (samantha)(03/09 07時23分46秒)

百合なの! (clown)(03/09 11時55分17秒)

名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:3
剣技:
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>

設定:
6.
 そんなこんなで、九島すうこさんとの仲を戻したっぽい私、漆口ふたえ。友達の前でカッコ悪いところ見せようが、よく分からない妖精もどきが見えようが、学校生活は続いていく。
 県内二番手という微妙な位置の進学校である私たちの高校は、テストが頻繁にある。一番の進学校に行けない程度のやる気と能力の生徒達を、なんとかいい大学に行かせるための尻叩きである。
 九島さんと仲直りした翌日の金曜日も、困ったことに実力テストだった。春休みにどれだけ勉強したか――私のようなやる気の無い生徒にとっては、どれだけサボったか、を見るための、新学期早々のテストだ。
 実力テストなんだから無勉でそのまま実力を見せりゃいいんだよ、なんてことを言う生徒もいる。しかしそんなことを言うのは、実力だけで十分高得点を取れる者か、勉強に関して自他共に諦めてしまった者である。中途半端な位置にいる私などは、教師からの圧力を回避するためにそれなりにテストに備えなければならなかった、のだが。
「だー」
 一校時目の数学のテスト用紙を前に、私は小さく呻いていた。分からない。
 昨日は家に帰ったら妙に眠くなってしまい、仮眠のつもりで横になったらそのまま今朝まで寝てしまっていた。精神的に疲れていたということだろう。おかげでテスト勉強を全くしていない。昨日以前はどうかと言えば、部活無しで家に帰るとどうも気持ちが落ち着かず、それを紛らわせるためにパソコンで遊んだり漫画を読んだりお菓子を食べたりして、ろくに勉強できていなかった。
 などと理由を付けてみたところで、学生の本分である勉強をサボっていたことに違いは無い。 
(まいったな)
 基本的な解法がスッポ抜けていて、大問に手も足も出ない。数学が得意なら自分で考えて解法を導き出せるのかもしれないが、私は数学が苦手だった。
(うー……どの要素から式を立てればいいんだっけ……もうやだなあ……)
「式にするのはそれとあれだな」
「ひっ!?」
 突然耳元で声が発せられ、私は悲鳴のような息を漏らした。
 監督教師の視線が私に向く。
「……ヒック。ヒク」
 慌ててしゃっくりのような音を出し、誤魔化す。多分誤魔化せた、と思う。
 答案の盗み見と思われないよう注意しながら声の聞こえた方に視線をやる、私の肩にフコーが乗っかってテスト用紙を指差していた。
「テスト中に声を出すのはカンニングが疑われるぞ」
(誰のせいだと……!)
「まるで俺のせいだとでも言いたげだな」
 フコーはぬけぬけとそんなことを言った。
 そして私は気付く。
(あれ? 私今しゃべってないのに)
「思ったことも伝わるらしいな。俺とお前の絆の深さ故か」
(どこに絆があるって?)
「あるだろ、絆。こうしてピンチに俺が現れるのがその証左よ」
 フコーは私の肩から机に飛び降りた。問題用紙にまで歩いていく。万が一誰かに見えたり聞こえたりするんじゃないかと私は気が気ではなかったが、フコーは堂々としたものだった。
「いいか、こういう問題の場合はだな」
 しゃがんで問題文を指しながら、問題の説明をするフコー。私ははじめ半信半疑だったが、聞いているうちにフコーの解説が授業で聞いたこととほぼ同じだということが分かってきた。それなら、とフコーの説明に沿って答案を書いていくと、書ける。書けるのだ。
(凄い、フコー凄いじゃん!)
「まあな。次いくぞ」
 フコーはその後も、問題の解説を続けた。それを頼りに私は解答用紙を埋めていった。フコーも全てが分かるわけではないらしく百点は無理そうだったが、かなりの高得点を取れそうだという手ごたえがあった。
(サンキュー、フコー!)
 私は心の中でガッツポーズをした。


「他の教科も分かる?」
 数学の試験が終わって、一校時とニ校時の間の休み時間。
 私はトイレの個室でフコーと小声で会話していた。声を出さなくてもいいとは分かったが、何となく心を読み取られるのは気持ちが悪いからだ。ここで会話をして外の人に聞かれる危険はあるのだが。
「他の教科か、大体いけるだろうな」
「やった! さすがフコー!」
「……お前随分現金だな」
「合理的なの」
 言葉に被せて水を流し、用を足したかのように見せかけて個室を出た。
 そのタイミングが、悪かった。
 トイレの入り口から入ってきた姫宮高乃と、目が合った。
「!」
 私は自分の体が強張るのを、屈辱とともに自覚した。私は、姫宮とその取り巻きに泣いて許しを請うほどに負け犬でもない。心が折られてはいない、と思いたい。ただそれでも、さまざまなことをされた記憶が、反射的に私に身構えさせてしまう。
 姫宮も立ち止まって私を見つめている。いや、睨みつけている。
「…………」
 姫宮から、目が逸らせない。目を逸らしたら、何をされるのか分からないと感じてしまう。こんな人目のある場所で変なことはしないはず。しかし、男子トイレで暴行があったと噂がある。もしかして。いやまさかそんな直接的に。もう私を合唱部から追い出すことには成功したんだし。でも。
「おい」
 突然、視界の真ん中にフコーが降ってきた。
「何見つめあってんだ。じっとしてれば何もされないとでも思ってんのか? だからお前はヘタレなんだよ」
 その言葉と、姫宮の顔が隠されたことで、私の体にかけられた麻痺が解けた。
(……分かってる)
 息を吸い、フコーの体を回避するように、横に一歩。そして、トイレの出口に向かい歩いていく。絶対に背中を曲げない。
 一歩一歩姫宮に近付く。足が、体が、重くなる。でも進む。
 真直ぐに姫宮に歩み寄り、横をすり抜けた。その時。
「一人じゃ何もできない癖に」
 姫宮の呟きが背後から聞こえた。ソプラノの声が、タールのような悪意と共に耳に届く。
「オシメでも替えてもらってりゃいいのよ」
 私はカッとした。取り巻きを集めて私に嫌がらせをしたのは、姫宮の方ではないか。しかしそんな怒りの力を借りても、私は声を出すことはできなかった。せめて視線で語ろうと、振り向き、姫宮を睨みつけようとする。が、姫宮はさっさと個室に入ってしまった。
(何なのさ、本当に!)
 私は怒りの向け所がなくてイライラしたが、テストはまだまだ続く。姫宮なんかに関わっているのは馬鹿らしい。教室へ戻ることにした。
「…………」
 フコーは、眼帯のついていない片方だけの目で女子トイレを見つめていた。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:0


名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:3
剣技:
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>

設定:
7.
「お母さん、おかわりもらうよ」
「どうぞ」
 テストがあった日の夜。私は自分の家の居間で、両親と一緒に夕食を食べていた。
 厄介なタスクを片付けた後はご飯も美味しい。九島さんの前であんな風に泣いたのが本当に私だったのか、と思える。
「お、ふたえ、今日はよく食べるな」
 父が声をかけてきた。
「テストを終わらせてきたから。明日から土日で休みだし」
「そうかそうか、それはお疲れ様だな。父さんは明日も仕事だよ」
「……そう。大変だね」
「いやいや、母さんとふたえの為だから平気だぞ」
 父親の言葉を、部活を辞め、勉強もろくにしていない私への当てつけなのか、と反射的に思ってしまう。もちろん、実際にはそんな意図はないだろう。しかし私は、どうも両親の言葉に反感を持ってしまうことが多い。私は反抗期、というやつなのだろうか。しかし小学校高学年の頃からこうなのだ、反抗期にしては長すぎる気がする。
 両親は尊敬に値する、と思っている。人間なのだから欠点はある。しかしそれ以上にいい所を私は知っている。その筆頭が、私みたいなろくでもない娘を育ててきたことだ。それには感謝しないといけない。それは分かっている。分かっているのだが。
「まったくよく食うな。ほらまた食うぞどんどん食うぞ」
(フコーうるさい)
 両親と、と言ったが、正確にはフコーもいる。食べ物を手に取れないフコーは、暇そうにその辺りを飛び回っては私に対して話しかけていた。食卓の上を歩かれたりすると、私以外の物には触れないと分かっていても、ハラハラさせられる。
 テストに関しては、あの後もフコーが活躍してくれた。私が思い出せない知識や解法を次々にアドバイズしてくれる。フコーは思考よりは暗記系が得意らしい。実力テストは、昨年度までに習ったことの復習的な問題が多いので、フコーの力が存分に発揮された。
(土日は何をしようかなあ。フコーは何がいい?)
「何で俺に聞く。大切な友達の九島とでも遊べよ」
(だって今日はフコーにお世話になったから。九島さんは……うーん……)
 今日の昼休み、いつものように九島さんが来ないので、九島さんのクラスをのぞきにいってみた。しかし九島さんはいなかった。あの九島さんがテストの日に体調を崩すような自己管理の失敗はしないだろうから、何か用事があったのだろう。だから今日は、九島さんと会っていない。
(……なんか、あの醜態を見せた後に、学校で会うワンクッションも置かずに一日遊ぶのって、ちょっと恥かしくてさあ)
「せっかく俺の助けで仲を戻せたのに、何で距離を置こうとするんだよ。馬鹿かお前」
(フコーって口悪いよねぇ。いいの、これは仲が悪くなったせいで距離を置くんじゃなくて、急に仲がよくなったための冷却期間なんだから)
「そうかいそうかい。後悔するなよ」
(するもんか)
 ふん、と鼻を鳴らしてフコーを笑ってやる。
(そうだ、明日はカラオケに行こう)
「カラオケ? 一人でか? うっげぇ、寂しい」
(フコーもいるじゃない)
「何でこういう時だけ頭数に入れるんだ」
(久しぶりだなあ、カラオケ)
「聞けよ」
 ふと気付くと、母からの視線が向けられていた。
「ん? 何?」
「いえ、何でもないんだけど。最近元気なかったみたいだから、食欲が戻ってよかったなって思って」
「…………」
 これが親というものだろうか。姫宮たちに嫌がらせを受けていることは一切言ったことがない。こんなくだらないことで心配をかけたくなかったし、両親は私を愛するがゆえに大きく騒ぎたてそうで、それが恥ずかしかったからだ。塞いだ様子も見せなかったつもりだ。だがそれでも、何かあったと勘付かれていたらしい。気にかけてもらえてるということなのだから、嬉しく思うべきなはずだ。でもしかし何だか照れ臭いような、息苦しいような気がして、
「……それは、どうも」
 そんな、およそ親子らしくない、曖昧な言葉を返すばかりだった。
「お、お前の娘、今照れたぞ」
 フコーが母に向かって話しかけた。
(やめてよフコー)
 フコーの言葉は母には聞こえないと分かっているが、何かの拍子に伝わってしまうのではないかという気がして落ちつかない。
 心配されても感謝の言葉すら言えない娘ですまない、と思いながら、私はもう一口ご飯を口に運んだ。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:1
(suika)


名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:3
剣技:
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>

設定:
8.
 翌、土曜日。
「いやあ、歌った歌った」
 カラオケで五時間ほど歌った帰り道、私はフコーと話しながらゆっくりと夕暮れの道を歩いていた。
「案外体力あるなお前」
「合唱部は体育会系文化部だもの」
 潰れた元靴屋の前で、スーツを着た女性とすれ違う。こんな世界がくたびれる時間帯なのに、はつらつとした足取りがどこか九島さんを思わせた。
 少し色付いた太陽と、閑散とした通りは、気分を自省に連れて行く。
 一人でも、友達とも(九島さんくらいしかいないが)、しばらくカラオケに来なかったのは、やはり歌うことが合唱部に繋がり、合唱部は姫宮たちのことに繋がってしまうためだったのだろう。些細なことで傷に触れる。でも、もう大丈夫、だと思う。
「合唱部っつっても、元、だろ」
 フコーにそんなことを言われると、まだ胸がキリリとはする。でも大丈夫だ。私は一人ぼっちじゃない。九島さんがいる。フコーもいる。
「まったくだ、俺がいなけりゃ、途中で帰らなきゃならなかったんだからな」
 そう、私は、また忘れ物をする所だったのだ。昨晩、カラオケボックスの会員カードを忘れないように確かめようとして財布から取り出し、机の上に置いて忘れていた。そして今朝そのまま家を出ようとして、フコーに指摘されたのだ。
「うん、それは感謝してるよフコー。ありがとう」
 親には素直に言えないお礼も、フコーにはなぜか言えた。フコーとなら、失敗ばかりでだらしのなかった私も、人並みにやっていけるんじゃないか、と思えた。
「ん? 何か聞こえなかったか? なんか地面に落ちるような」
 フコーが言った。
「そう? 何も気付かなかったけど……」
 私は周囲を見回した。
 背後で、さっきすれ違った女性が倒れていた。
「えっ!?」
 目の前で人が倒れているのを初めて見た私は、驚き立ちつくした。
「ぼうっとしてないで行ってみてやれよ」
 フコーの声に我に返り、女性へと駆けよる。女性は胸を押さえ、苦しそうな表情を浮かべていた。
「ど、どうしたんですか!」
 声をかけると、女性は何か呻いたようだが、よく聞こえない。フコーが、
「とりあえず病院だろこういう時は」
 と言った。それはそうだ。慌てて携帯電話で119にかけ、現在の状況を伝え、電話を切る。
「おい、こいつ息してないんじゃないか」
 まさか、と思いながら女性を仰向けにして呼吸を確かめる。確かに、止まっていた。
「わ、うわわわわ、ど、どうしたら」
「人工呼吸しろよ」
「じ、人工呼吸、でもどうやったらいいか」
 以前学校で、救命講習を受けたことがあった。その際に人工呼吸の仕方も習ったが、頭が混乱して思い出せない。だが、周りには他の人がいない。私が何とかしなければいけない。
「落ちつけ。まず気道確保だ。寝かせて顎を上に上げさせろ」
「う、うん」
「鼻をつまめ。お前のじゃない、こいつのだ。それから口に一回ゆっくり息を吹き込め。なに躊躇ってんだ」
 フコーはよどみなく私に指示を出した。私は必死でそれに従った。
 やがて救急車が来て、私は救急隊員に状況を説明し、女性は運ばれていった。
 その日の夜、運ばれていった女性が無事回復したと連絡をもらった。
 私はおよそ今まで、自分が価値のあることをしたと思えたことがなかった。生きているだけで価値がある、なんていう言葉を見ても、まったく納得できなかった。何をやってもトロいし、うまくいかないし、根気もない。私という人間の歩いた後には、間違った文字列だけがだらだらと残されているような気がしていた。
 でも、今日、私は人を助けたのだ。フコーのおかげで。フコーがいなかったら、私は適切な処置ができなかった。フコーが人の命を救ったのだ。私のことを助けるだけじゃなく、他人の命まで。フコーが何者で、一体なぜ現れたのか、よく分からない。だが、確かに存在する意味があるのだと強く感じた。
 これから生きていくのに、色んな辛いことがあると思う。でも、私は特別だ。フコーがいる。だから、やっていけると思う。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:0


名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:4
剣技:
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>

設定:
9.
 日曜午後八時のみみずく書店は、あまり人がいなかった。近所に大きな本屋ができて、客をそちらに取られてしまったのだ。確かに向こうの方が品ぞろえは圧倒的だし、見やすいし、椅子なんかが設置してあって本の立ち読みも許されている。だが私は、昔から利用しているこのみみずく書店に愛着があり、できるだけここを使うことにしていた。
「これと……こっちも買っちゃおうかな」
 私は数冊の文庫本を手に抱えていた。
「偏った趣味だな」
「同じ作家なんだからそりゃ偏るって」
「いやそれだけでなく」
「……意味は分かるけど」
 私が買おうとしている作家は、恋愛小説家だった。それも、女性同士の同性愛ばかりを描いている作家だ。あとがきによれば作家本人もレズビアンらしいというから、気合が入っている。
 だがこの作家の本も、しばらく読んでいなかった。姫宮のせいで、恋愛に関することが全部わずらわしく感じられていたからだ。しかし、なんだか吹っ切れた今は、反動で無性にこの作家の本が読みたくなっていた。
「いいじゃない、面白いんだから」
「好きなのは構わんが」
 私がこの作家を好きなのは、心理描写が激しく濃密だからだ。ビアンであるというのは付加的な要素にすぎない、と思っていた。フコーが、
「まあお前、同性愛のケがあるからな」
 などと言うまでは。
「な、なな何言ってんの!?」
 思わず声が出た。他の客や店主に妙な目を向けられる。慌てて顔を伏せ、物陰に移動しながら内心でフコーに抗議する。
(私がビアンだっていうの!?)
「そのケはあるだろ。今だって、わざわざネットでその手の用語集なんかを見て知った、レズじゃなくビアンっつー言葉を使ってるしなあ」
(レズって言葉が侮蔑的だって書いてあったから……)
「そもそもその手の用語集を調べてる時点でなあ」
(そ、それは、この作家の本で興味を持ったからで、別に私のセクシャリティとは直結しないでしょうが! それともあの用語集調べる人全員同性愛者だとでもいうわけ?)
「そこまで否定するなら言わせてもらうが」
 フコーは腕を組んで一呼吸ためて、言い放った。
「お前、三日前に九島に抱きしめられた時、あんだけ深刻に泣いてたくせに、頭の隅っこでいい匂いだなあとか胸大きいなあとかあまつさえ気持ちいいなあとか考えてドキドキしてたろ」
「!」
 私は自分の顔が一気に紅潮するのが分かった。また大声を出しそうになって、何とか口を噤む。
(ああああんたあの時いなかったじゃない!!)
「いなくても分かるんだよ。ついでに言えば昨日の女にマウストゥマウスで人工呼吸する時もドキドキしてたし、おまけにこれが九島だったらとか考えてたな」
 こいつの口はここで封じなければならない。私はフコーに素早く手を伸ばした。しかしフコーはひらりとそれをかわし、手の届かない高さに飛んで行った。
「別に俺はそれが悪いなんて言ってるわけじゃねーよ。ただ、それならそうと自覚しといた方が楽だと思っただけでだな」
(うるさい!)
 私はフコーを無視して、本を抱えてレジへ向かった。会計をしている時、店主が妙に私の顔を見ているような気がした。もしかして今のフコーとの会話が伝わったのだろうか? まさかそんなことはないとは思うが、店主の表情が妙に気になった。後ろからフコーが何か言ってくるし、他の客も気になる。ってみみずく書店を後にした。
 涼しい春の夜気の中を速足で歩く。周囲の色々な物が、私を囃し立てているように感じられて嫌だった。しかしそれでも、しばらく歩いていると頭が冷えてくる。後ろからヒョロヒョロついてくるフコーに声をかけた。
「……ねえ。本当に、私って……そうなのかな」
「今まで俺が間違ったことを言ったか?」
 フコーは自信満々にそう言った。確かに、いままではそうだった。フコーの言うことは的確だった。私が自分でも気づいていない自分のことを言い当ててきた。私のことなら何だって知られている気がする。それなら、今回も?
「で、でも、ただ好奇心からの興味があるだけみたいな」
「お前はガチだと思うぞ」
 断言される。こいつは私の何を知ってるんだ。
「……私が女の子が好きだとしたら、好きな相手って、やっぱり」
 言葉にするのは躊躇われて、一瞬言葉を切った。しかしフコーには言われたくなかったから、一息だけ吸って言った。
「九島さん、かな」
「他にいないだろうなあ」
 妙にしみじみとフコーは言う。私は冷えてきていた頬がまた急速に熱くなるのを感じていた。
 まさか私が。百合とかビアンとかサフィズムとかそんな。孫を待ち望んでるだろう両親になんて言えば。いや言う必要があるのかこんなこと。それより九島さんになんて言えば。いやいやそれこそ言う必要があるのか。言ったらどうなる?
「九島と喧嘩になったきっかけのあの台詞がこの伏線だったんだな」
 伏線っていうかあれじゃ冗談にかこつけて欲求を漏らしてたようなもんじゃないか。恥ずかしい、なんて恥ずかしいことをしたんだ私は。でもその冗談に九島さんは怒ってしまった。ということは私が本気で好きですと言っても怒ってしまうのか。違う違う、怒ったのは私が変な誤魔化し方としてあれを選択したからであって、真面目に告白すれば受け入れてくれる……わけあるか同性愛だぞ何考えてんだ。でもどうだろう、抱きしめてくれたし優しくしてくれたし九島さんもまんざらではないという可能性も。九島さんのことだから同性愛に変な偏見なんて持ってないだろうし……。むしろ九島さんが恋愛の話が苦手なのってそっちのケがあって悩んでるからみたいなそんなこともありえたりなんか。
「都合のいい方向に思考が曲がってきたな」
 都合がいいか、やっぱ都合がいいか、現実はそうそううまくいかないよね。でも、駄目だとしたら、私はどうしたらいいんだろう。この思いはどうしたら……ってこの思いってどの思いだ認めちゃっていいのか。でもフコーも言ってるし。いやでも、ええと。その。九島さんとは。
「どうすんだよ」
「……と、友達から始めよう!」
「あぁ?」
「友情であれ慕情であれ、焦ることはないじゃない。もう既に友達なんだし……これからゆっくり考えていけば……」
「つまり現状維持かよ。チキンチキン」
「うっさいな! あんな醜態見せた後だから私もあんたも勘違いしてるだけって可能性もあるでしょうが! 少なくとも明日九島さんに会ってから改めて考えるべき!」
 しかし、私のこの考えは実現しないことになる。
 ちょうどこの頃の時間だったらしい。
 九島さんが車にはねられたのは。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:4
(suika)(asuroma)(clown)(clown)


百合厨歓喜! (suika)(03/18 03時42分05秒)

盛り上がってまいりました (asuroma)(03/19 12時11分14秒)

百合厨→ (clown)(03/30 03時56分11秒)

名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:4
剣技:
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝/ショウカ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<5/5/0/2/衝衝>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>

設定:
10.
 月曜日、学校に遅刻ギリギリに登校すると、何となく空気がざわざわしている気がした。ときおり理由もなく周囲の雰囲気が妙に感じられるのは初めてではなかったから、またそれなのかな、困ったな、と思っていた。フコーとの心の中でのくだらない会話もその違和感を打ち消しはせず、むしろなぜかより助長するように感じさせた。
 教師がやってきて、ホームルームが始まった。ある生徒が事故にあった、諸君も気をつけるように、という話をされた。私は、雰囲気がおかしかったのはそのせいか、と思った程度で、完全に他人事として聞き流していた。
 午前中の授業は相も変わらず退屈なものだった。手だけにノートを取らせて、頭の中では九島さんのことを考えていた。
 そして昼休み。普段なら開始五分、授業が遅くなっても十分くらいすれば私の教室にやってくる九島さんが姿を見せない。仕方がないので、弁当を持って九島さんのクラスへと向かおうとした。その途中で、姫宮とその取り巻きたちに出くわした。
「漆口さん」
 姫宮が、目の笑っていない仮初の笑顔で私に声をかけてくる。私はまともに動けない。
「ちょっと付き合ってくれない?」
 そんな。私は四日ぶりに九島さんに会いたいんだ。何でこんな奴らと。
 ちらり、と私は九島さんのクラスの方を見た。姫宮はそれを見逃さなかった。
「あら、もしかして漆口さん知らないの? 親友なのに?」
 姫宮は顔を歪めた。とても嫌な表情だった。私に嫌がらせをしても部を辞めるという言葉を引き出せなかった時の表情、圧倒的優位に立ちながら思い通りにできない苛立ちの表情に似ていた。
 姫宮が私のすぐ前までやってくる。他の誰にも聞こえない囁き声で言う。
「あんたのせいで、九島は車に飛び込んだのよ」
 私はその言葉の意味が数秒つかめなかった。
 分かった瞬間、私は九島さんのクラスに駆けだしていた。
「ちょっと!」
 姫宮たちが声をかけてくるが、それを無視して走った。
 二年三組、二年二組、そして九島さんのクラス二年一組。中に飛び込み、九島さんの席を見る。いない。教室中を見回す。いない。名前も知らず普段なら絶対話しかけられない手近な生徒に対して、九島さんはどうしたのかと聞く。
「え、何? 九島さん? 事故だとかで休みだけど……」
 私は崩れ落ちそうになる足を、壁に手をついて支えた。九島さんが? 何で? どうして?
「姫宮はお前のせいだと言ってたな」
 フコーが言った。そうだ姫宮だ。あいつは何か知っているらしい。聞かなければ。
 二年一組を出る。突然鬼気迫る表情で飛び込んできた私にいくつもの視線が注がれていたが、いつもの様に消えてしまいたくはならなかった。そんなことを思う余裕もなかった。
 教室を出ると、姫宮たちが待ち構えていた。
「嘘じゃないって分かった? じゃあ行きましょう。音楽室に」
 私は姫宮たちに、一見仲のいいグループのように、けれど実は逃げられないように囲まれながら、音楽室に向かった。


 音楽室の鍵は姫宮が持っていた。九島さんほどではないが教師受けのいい姫宮だ、適当な理由を考えれば借りることは簡単なのだろう。
 全員が中に入り、内側から鍵がかけられ、入り口ドアのカーテンが閉められたのを確認して、教師が立つ一段高い場所に立った姫宮が口を開いた。
「漆口。あんたのせいよ」
 姫宮は私を睨みつけてくる。こんな時なのに、私はその視線に体が石になりそうに感じる。フコーを探す。
「固まってないで話を聞け。聞け。いや聞くな。やっぱ聞け。こんな風になるなんて思ってもみなかったな。いや予想できたが。こんなこともあろうかとな」
 フコーも、どこか混乱しているようだ。脈絡がない言葉を並べている。あてにはできない。私はポケットから手を出し、なけなしの勇気で姫宮に聞いた。
「……意味が、分からないんだけど」
「あんたが! 合唱部に戻りたいなんて馬鹿なことを九島に言ったからだっつってんの!」
 姫宮の苛立った声に、私の体が震える。
「おとなしく部を辞めたなら放っといてやろうと思ってたのに。一人じゃ何もできないからって九島を頼るなんてどういうこと? あいつ、あたしの所に来て、恋愛で揉めるなんてくだらないです、部全体のことを考えましょう、漆口に謝って部活復帰を認めてください、だってさ! はぁ?って感じじゃない? 恋愛がくだらないなんてどの口が言ってんのってさ」
 姫宮はまくしたてる。私は理解が追いつかない。
「知ってた? あいつ、中学時代にあたしのダチのカレシを取りやがったの。あの男が友達と付き合ってるって知らずに告白したってのは、まあ空気読めないんだなって許すけどさ。それに男がOKだしたのもあの野郎がクソったれだったから仕方ないけどさ。九島の奴、元々友達が付き合ってたんだって知っても、あの男と別れなかったのよ。最低じゃない? あたしの友達、凄い悩んで苦しんだんだよ。相談とか凄いされたし。あたしが、二股かけるクズ野郎なんて別れろって言っても、それでも好きだとか言ってさあ。なんとか説得して別れさせたけど。その後、なんか九島もあのクソ野郎に散々遊ばれて捨てられたって話だけど、自業自得だよね。そんな奴がさあ、恋愛がくだらないとか言ってくるとか、ホント冗談やめてよねって感じだよ。だから言ってやったの。あたしの友達の恋人を奪ったのは誰でしたっけ、って。それに、あんた自身、部活全体より大事な大事なお友達一人のことを考えてませんか、って。それから」
 姫宮は、私を醜い虫を見るような目で見下ろした。見下した。
「はぶかれてるグズな子と仲良くして優しい自分っていう役割を演じて、自尊心は満たされますか、って」
 私は貧血の時の様に視界が暗く狭まって行くのを感じた。姫宮の声が、遠くなったり近くなったりする。
「そしたら図星だったんでしょうね、逃げてったわ。そのまんま黙ってればよかったのに、何考えたか車に飛び込んだってさ。当てつけっぽくてほんと困るんだけど」
 姫宮は私と違って色々な情報源がある。そこから、普通の事故ではないと知ったのだろう。
「あんたがさあ、変にあたしらを恨んできても嫌だから言うんだけどさあ。ホント、あんたのせいだから。九島に無理なこと言わなきゃよかったのに」
 つまり、それを言いたかったのか。わざわざ。こうやって教えなければ、私は九島さんがただの不運な事故にあったとだけ思っていたかも知れないのに。姫宮たちも本当はショックだったのだろう。自分たちのせいで、という不安。しかしそれをぶつける丁度いいサンドバッグがいた。
「九島みたいな、何でもできるつもりで他人を見下してる奴と、あんたみたいな、何もできないくせに内心で自分は他人とは違うって思ってる奴、お似合いって言えばお似合いだけど。こっちには迷惑かけないでよね」
 ……この辺りで、私の記憶はいったん途切れる。
 断片的に、私が音楽室を出ようとするのを邪魔した取り巻きを殴ったこと、教室でカバンに教科書を詰めたことを、無音の光景として覚えている。
 気が付いた時には、自分の家に帰ってきていた。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:5
(elec.)(piyo)(suika)(asuroma)(clown)


高島津先生やめないで!! (suika)(03/20 00時43分22秒)

重い話だ、読み読み (asuroma)(03/20 23時40分34秒)

名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:4
剣技:
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝/ショウカ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<5/5/0/2/衝衝/コウゲキ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/鏡鏡鏡鏡鏡/セッシュ>

設定:
11.
 目に入った時計は、まだ午後の授業をやっている時刻を示していた。午後の授業をサボって帰ってきてしまったらしい。サボるのは初めてだったが、何の感慨も湧かなかった。父は仕事、母はどこかに出かけているらしく、家には誰もいなかった。
 鞄が重くて、その場に落とした。制服が重くて、その場に脱ぎ散らした。体が重くて、その場にへたりこんだ。
 ちゃんと考えることができない。断続的な思考が、しかし猛烈なスピードで浮かんでは消えていく。止められない。九島さん。飛び込み。何でそんなことに。姫宮。部活。合唱。人が死ぬ。九島さん。好きな人。お似合い。恨み。余計なこと。九島さん。車。事故。自殺。ひたひたと。信じられない。車にはねられ。死ぬ。九島さん。さようなら。何で。どうして。嘘だ。本当だ。事故。何でこんな。誰のせい。
「お前のせいさ」
 私のせい。私のせい? 姫宮が言った。そんな言いがかり。言いがかりだ。だって私は。九島さんが好きで。そんなわけない。
「お前のせいだ」
 私のせい? 姫宮の声。蔑んだ声。囃し立てる声。私は。違う。九島さんは。そんなことしない。だって。九島さんは。立派な。
「お前のせいだ」
 私のせい。だって。黙れ。姫宮。違う。姫宮じゃない。この声は。私に。九島さんに。打ち明けろといったのは。
「フコー……!」
「お前のせいだよ、ふたえ」
 部屋の隅の暗がりに、フコーがいた。朱色に光る左目で、私を見つめていた。
「九島を殺したのはお前だ」
 喋りながら、フコーが一歩こちらに近づいた。
「ち、違う、だって、私は」
「お前が、九島にすがりついたのが悪い」
「な、何で」
 私には分からなかった。口は悪くてもずっと私の味方だったフコーが、なぜこんなことを言うのか分からなかった。
「私は、私のせいじゃなくて、」
「そうか?」
「だって、そう、そうだよ! 九島さんに話せっていったのはフコーじゃない!」
「姫宮みたいなことを言うんだな」
「っ!」
 フコーが一言しゃべるたびに、一歩ずつこちらに近づいてくる。
「で、でも、そうじゃない! 私は迷ってたのに、フコーが言えって……!」
「俺は、九島に退部した理由を言えとは助言した。だが、それ以上のことも伝えろとは言っていない」
 近づいてくるフコーが、無性に怖かった。
「それ以上って……何」
 答えは聞きたくなかった。でも尋ねずには居られなかった。
「九島が部活に戻してくれることを期待しただろ。姫宮たちに復讐することを期待しただろ」
「やだ……やめてよフコー」
 私は懇願した。それでもフコーはやめてくれなかった。
「嫌なことを全部始末してくれるのを期待しただろ。自分では何もしないでめでたしめでたしになることを期待しただろ」
「やめてよ!」
 耳を塞いだ。それでもフコーの声は手をすり抜け、頭の中で反響する。
「お前は泣きながら九島になんて言った? 辞めたくなかったと言ったな。戻りたいと言ったな。悔しいと言ったな。九島がそれをどれだけ重く受け止めるかを、分かった上で」
「う、うう……」
 フコーは止まらない。私には止められない。
「気分が楽になって飯も美味いはずだよな。お前は、九島にお前の重さを押し付けたんだ。何があったかを伝えるだけにするべきだった。九島への気遣いはそうあるべきだった。だがお前はどうした? どうなってほしいかまで口にした。九島にべったりと頼った」
「……だって……だって」
「九島がお前を可哀想な奴だと思って付き合ってくれてるように、お前は九島を無条件に立派な奴だとしか見てないんだよ」
 フコーは、もう手を伸ばせば届きそうな距離にいる。けれど怖くて手を出せない。
「九島なら立派な奴だから大丈夫、って何回思った? 尊敬するって言葉で、何回九島の人間性を無視した? もし今回大丈夫だったとしても、いつかお前は九島を追い詰めたんだよ」
 そんなことない。私は九島さんを気遣って打ち明けるかどうか迷った。迷った……本当に? フコーに言われなくても、結局は打ち明けたんじゃない? 崇拝という押しつけと共に。
 私にはもう分からなかった。何が正しいのか。私が正しいのか。九島さんが正しいのか。姫宮が正しいのか。誰も正しくないのか。考えることに疲れてしまった。
「フコーは……」
 でも、フコーは。フコーは今まで間違ったことを言わなかった。正しいことを言ってくれた。私の心の底にある欲求を、記憶を、読みとって的確なことを言ってくれた。本当にしたいことを示してくれた。人を救ってくれた。それなら、こんな状況だって、フコーは、私のためになることを言ってくれる。フコーは信じられる。
「フコーは、どうしろって言うの?」
 私は耳を塞いでいた手をどけた。
「責任取れよ。自分で責任を持って決めた行動だ、って考えてたよな。責任を取れよ」
 うん。だから、わたしはフコーのいうことをきくよ。どうすればいい?
「死ねよ」
 分かった。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:3
(suika)(utsm4)(clown)


名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:4
剣技:
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝/ショウカ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/5/0/2/衝衝/コウゲキ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝絶/ヨクアツ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/鏡鏡鏡鏡鏡/セッシュ>

設定:
12.
 ベッドもシーツもどこまでも白いのに、なぜか清潔な気がしなかった。部屋、いやフロア全体に漂っている尿のような匂いのせいだろうか。
「ここがひとまずの漆口さんのスペースですから。もうすぐ夕飯の時間ですね。その時間になったら、食堂前にご飯のお盆が載ったラックが来るんで、自分の名前の紙が乗ってるのを取ってね。食堂で食べてもこの部屋で食べてもいいです」
「……はい」
 ピピ、と脇の下に挟んだ体温計が鳴る。それを看護師に渡す。
「次は、えーと、着物ですね。はい、立って」
 立ち上がり、看護師が持った病院着に体を合わせる。
「上も下もMでいいですね。それから、この紙に書いているのがが規則です。持ち込んじゃダメなのは、危険物と、コンセントを使う物と――」
 看護師の説明を聴きながら、ぼんやりと今までのことを思い出していた。


 フコーの言葉で死ぬことを決めた私は、台所に行って包丁を手に取った。自分の首に刃を当てたところで、母が帰ってきて私を発見した。
 母の行動は俊敏だった。私に駆けよると、腕を掴みあげた。取り落とされた包丁が、鈍い音を立てて床に突き立った。誰の足にも当たらなくてよかったと思った。
 何してるの、と悲鳴のような声で聞かれた。私は曖昧なまま、死のうと思って、と答えた。馬鹿、と頬をはられた後、抱きしめられた。私は、まるでドラマみたいな反応をするんだな、とか、何だか鬱陶しいな、とか考えていた。
 母が仕事中の父に電話をしている最中、私はずっと手を握られていた。母は涙声で父と話していた。
 しばらくして、父が帰ってきた。仕事を途中で切り上げてきたらしい。父も、私を見るなり手を強く握ってきた。よく分からなかった。
 両親が、病院に行こう、と言うので、私は頷いた。面倒だったが、親に捕まえられた以上、逃げることはできないと思った。病院に行っても何が変わるわけでもない、とも思った。
 大学病院の精神科ではしばらく待たされた。両親の悲愴な表情が申し訳なかったが、それをどうにかできそうな気も、する気も起きなかった。フコーは常に視界の隅にいて、時々、お前はいるだけ周りを困らせるんだ、死ねばいいんだよ、と言っていた。
 診察は、まず一人の男性医師と行われた。ほとんどのことは親が話していた。元々私が集団生活にうまくなじめていなさそうだったこと、高校に入り部活に積極的に参加し始めてよかったと思っていたのに辞めてしまったこと、それから元気がなかったこと、元気になったと思ったら食事中などに時折何もない場所を見つめたり一人で笑顔になったりしていること、そして死のうとしていたこと。恥ずかしく、私の実感とは違うことも多かった。しかし、訂正するのが面倒だし、自分の内面をわざわざ話すのも嫌で、私はただ聞いていた。頷くことも、表情を変えることも、ほとんどしなかったと思う。
 それから両親が退席し、私と医師で話した。死にたかったそうですが、どうしてですか、大きな悩みや辛かったことがあったんですか、と聞かれた。姫宮達との関係を説明させられるのも、まして九島さんに迷惑をかけるのも嫌だった。なので、特にはありません、ただ生きると迷惑をかけそうで、とだけ答えた。口にして初めて分かったが、それはただの出まかせではなく、私が昔から持っていた不安でもあった。
 普通の人が普通にできることが、私にはできなかった。例えば机の整頓や、他人に合わせる自然な笑顔や、決まった時間に寝て起きることなんかが。アイドルや、ドラマや、将来やりたい仕事みたいな、みんなが興味を持つことに興味を持てなかった。「お前は欠けてるんだよ」。それがどこであれなんであれ、私と同じグループになった人は嫌そうな表情をしている気がした。私が失敗をして足を引っ張った時、舌打ちなんかをされると心が痛かった。笑顔で、大丈夫気にしないから、なんて言われても、その笑顔の裏では顔をしかめているのだろうと思って胸が苦しかった。私はどこに行っても厄介者だと思われている気がした。「実際そうだ」。私に大きな愛情を向け、投資をしてくれている両親に対してさえ、その愛情に全く報いることができなくて、反動で愛情を鬱陶しく思っている。私はどこに行っても、自分がはまらないパズルのピースのように感じていた。いるだけで私は見苦しいのだと感じていた。高校で合唱部に入って、九島さんに会って、それは少し変わったはずだった。でもそれも駄目になった。
 ……私はそんなことを考えながら、医師の質問に笑顔を作って、適当に答えていた。考えていた自分の不安については伝えなかった。この、医師という肩書を持つらしい知らない人には、助けてほしいとも頼ろうとも思えなかった。
 いない人の声が聞こえたりしますか、と聞かれた。私は、いいえ、と笑顔で答えた。親の説明から、私がフコーに反応しているのは明らかだ。つまりこの「いいえ」は、みえみえの嘘、拒絶の嘘になる。ちょうど九島さんに、九島さんを好きになったから部を辞めたんだ、と言ったようなものだ。さすがに医師は怒ったりせず、困ったように微笑んで、そうですか、と言った。
 それから医師が三人に増え、私の両親も呼び戻され、六人で面談をした。今までの確認の様な問答の後、医師たちが何か相談した。そして私に、任意入院が勧められた。いわゆる閉鎖病棟、外界と隔絶された空間、そこへの入院。両親はその提案に動揺しているようだったが、私自身は不思議と他人事のように感じられていた。ご両親も心配なさっているようですし、安全な場所でゆっくり休んでもらえるようにという処置です、との医師の説明に、両親は戸惑いつつも頷いた。私は、別にいいですよ、とやはり他人事のように答えた。拒否できるとも思えなかったし、入院した所で何が変わるとも思わなかった。その場で契約書を渡され、流し見てサインをした。父が、「ふたえぇ、戻ってこいよぉ……」と涙声で言っていた。ここにいる私は彼にとって娘ではないのだろうか、と思った。
 そして、あっという間に病院側の受け入れ準備が整えられ、私は病室に案内された。


「――大まかな規則は、これくらいですね。あとは自分で読んでおいてください」
「はい」
 私は従順に頷いた。噛みつく要素などないのだから当たり前だが。
「それじゃあ、また先生から説明があると思いますから、それまでは休んでいてください」
「はい」
 言い残し、看護師は病室を出て行った。
「こんな所にいたって無駄だ」
 フコーの声が頭で響く。そうなのだろうか。きっとそうなのだろう。
 ベッドに座って私は周囲を見回す。
 ベッドが4つ並んでいる、白い部屋。ベッドとベッドの間はカーテンで仕切れるようになっているが、今は開いている。どのベッドも使われているらしい。私の分のベッドの空きがあったのは幸いと言うべきかどうなのか。ベッドの横には、腰ほどの高さのキャスター付きの床頭台。中に物を入れられるようになっていて、机と棚を兼ねる。この床頭台とベッド下の空間が、患者に許された収納スペースなのだろう。窓を見ると、網が入っていていかにもという感じだ。嵌め殺しではないようだが、きっと少ししか開かないのだ。入り口横の壁には、何かとがった物でもぶつけたようなへこみがあった。
 見まわしていると、正面のベッドにいる女性と目があった。私は外見で年齢を判断するのは苦手だが、三十代の後半あたりだろうか。浅黒い顔をしている。軽く会釈をすると、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「ど、どうも、はじめまして」
 少しどもりがあった。そして、何とはなしに、例えば目線の動き方などに、違和感を感じる。
「新しく、は、入られたんですか」
「ええ、そういうことになりそうです」
「なんで、ですか」
 いきなり踏み込んだことを聞くもんだな、と思った。しかし、私はここでいつまでか分からない時間を過ごすのだ。この閉じた環境で。それなら、精一杯人当たりよくしておいた方がいいだろう。私は笑顔(とその時の私は思っていた表情)で答える。
「いやあ、よく分からないんです。ただ、死にたいと思っちゃって」
「ああ……。わ、私も、死にたくって」
 流石は精神病棟、自殺願望なんて有り触れているらしい。
「何歳?」
「……十六です」
「若いですねえ。私は、よ、四十二」 
 その後も、女性は他愛ない会話を続けてきた。誰もが中空を見つめて会話が成立しないようなイメージを閉鎖病棟にはもっていたため、意外だった。ところどころ話題が飛ぶ所はあるが、会話はできている。私のイメージは偏見だったのだろうか。それともこの女性が特に話し好きなのだろうか。
 しばらくして、医師からの説明を受けていた両親がやってきた。できる限りいつも通りに接そうと努力しているのが分かって、痛々しかった。私はそれにどう応じればいいのか分からずに、ぼそぼそと、家から持ってきてほしい物を頼んだ。両親はそれを承諾して帰っていった。残された私はセンチメンタルになるかなと思ったが、そんなことはなかった。思考が感情から遊離しているような感覚があった。
 向かいの女性がまた話しかけてきた。それをしばらく聞いていると、最初に一人で診察をした医師がやってきた。彼が私の主治医となるらしい。
 個室に連れて行かれ、これからのことについて説明を受けた。と言っても、詳しいことは語られず、ゆっくり休んでください、という意味の話をされて病室に戻された。
 それから、夕飯を食べたり、他の患者の人と話したりした。食堂やホールなどにいる人たちは、話し好きの傾向があるようだった。この病棟での生活のコツ、例えば医師にあまり後ろ向きなことは言わない方がいいだとか、朝と夕方にホールのタンクに補充されるお茶を自分のペットボトルに汲んでおいたほうがいいだとか、そんな話をされた。誰かの話を聞いていると、フコーの私を責める声から少し気がそれた。相手からすると、私は自分ではほとんど喋らないし、時々頭の中で反響する声に耐えるため黙りこむので、奇妙に感じられたかもしれない。それともこの場所では、そんなこといちいち気にされないのだろうか。
 そうこうするうちに、消灯時間の九時近くになった。薬を取りに来てくださいとアナウンスされてナースセンターに行くと、二錠の薬が渡された。睡眠導入剤と安定剤だという。なるほど病院らしくなってきた、と思いながら、その場で水を渡され飲んだ。
 ベッドに戻り、病院着に着替えていると、照明が落ちた。廊下の灯りはついたまま、病室の扉は開けっぱなしであり、真っ暗ではない。
 ベッドに横になってもなかなか眠くならずに、影の中で白く浮かぶ自分の腕を見ていた。
 こんな所に入れられて、これからのことが不安になるはずだよなと思いながら、その感情は湧いてこなかった。
 幻聴が聞こえるかという医師の問いに、頷くべきだったろうか。けれど私は、はい、と答えて、フコーがただの幻だと、精神科で治療されるべき病気の症状だと認めるのが嫌だった。
「九島を苦しませておいて、何がゆっくり休むだ?」
 フコーの声が響く。フコーは今も私を責める。けれどそれは、私がそうしたいと思っているからだ。フコーは間違ったことを言わない。いぜん変わりなく。
 これからどうなるのだろう。分からない。分からないけれど、幸せに生きることはできないと思った。幸せになるには、私は臆病すぎるし、怠惰すぎるし、わがまますぎるし、醜すぎるし、弱すぎるから。
 フコーは私を幸せにするために現れたのだということを、信じられる気がした。幸せになるには、死ぬしかないのだ。できる限り静かに、迷惑をかけず、死んでしまいたかった。
「そうだ、そうしろ、早くしろ」
 フコーは急かす。けれど、この空間で命を絶つのはひどく難しい。そこまでして死のうという気力がなかった。
「根性無しが、それだから駄目なんだ」
 何を考えるのも面倒だった。薬のおかげか眠気がやってきた。そのまま私は意識を手放した。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:5
(elec.)(samantha)(suika)(utsm4)(clown)


どんどん鬱展開 (elec.)(03/24 01時48分18秒)

名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:4
剣技:
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<0/3/0/5/高高/ブンリ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝/ショウカ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<5/5/0/2/衝衝/コウゲキ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝絶/ヨクアツ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/鏡鏡鏡鏡鏡/セッシュ>

設定:
13.
 入院を開始して、十日ほどが経っていた。
「ふたえちゃん、もうお風呂入った?」
「いえ、まだです」
 同室の患者に声をかけられる。その程度にはここに馴染んでいた。ここは、基本的には、他人に対して友好的にふるまう人が多い。私に対して親しく声をかけてくれる人が学校よりも多くいるのが、何だか不思議だった。とは言え、みんながみんな仲良しではないらしいことも、何となく分かってはきていたが。
「今お風呂空いてるみたいだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
 今日は基本的に二日に一度の入浴の日だった。病棟内につくられた浴室は、男女が一日交代で使用する。二人入れば一杯になってしまうため、空いている時間を見計らって入る必要があった。
 タオルにシャンプー類、それに着替えを持って浴室に向かう。
 浴室には言われた通り誰もおらず、少しほっとした。自分の体に自信のない私は、同性相手でも、裸を見られるのが嫌だった。脱衣場で手早く服を脱ぎ、中に入る。
 中は湯気がこもっている。いつもそれがなんとなく気持ち悪い。シャワーの前に座って、体にお湯を浴びる。十人以上の、病状も様々な人たちが使う。中には日常生活で排泄物を漏らす人や、湯船に浸かっても決して体を洗わない人もいる。そのため、湯船につかるのには正直抵抗があり、私はシャワーで済ませることにしていた。
 シャンプーを手に取り、髪を洗う。大きく息を吐く。
「……なんだ? ため息なんかついて……」
 脱衣場から、フコーの声がした。
(別に)
 私は心の声で答える。
 数日前から、フコーは明らかに不活発になっていた。現れる時間が少なくなり、姿を見せても眠そうにしている。私にいやな言葉を叫ぶことも少なくなった。恐らく、入院してから飲まされている薬のせいなのだろうと思う。九島さんが事故にあったと知る前のフコーに近い、普通の会話もできる時期もあった。しかし今はそれを通り越し、ほとんど眠っているようで、会話をすることはほとんどなくなっていた。
 恐らく、このままいけばフコーは消えるのだろう。それが私に対する治療の前進なのだろう。
 安定剤という物の効果だろうか、私の感情も、どこか起伏の少ない、凪いだような物に変わりつつある気がした。
「……よかったな……マトモに戻れるぜ」
「…………」
 マトモ。マトモとは、何をもって言うのだろう。私が今までマトモだったことがあるのだろうか。


 入院してから、何度か主治医と面談をした。その際に一度、何かの病気の代表的症状らしき物が並んだチェック用紙を渡された。そこには、私とフコーについて心当たりのある現象もいくつか含まれていた。
 たとえば、「部屋の上方、隅から、自分に誰かが話しかけてくる。それに応答してしまう」。フコーと会話しているのは、そのものだろう。
 たとえば、「自分の思っている事が聞こえてくる。静かにするとそれが高くなる」。フコーの声が結局は私の思考だとすれば、一致する。
 たとえば、「食事をしようとすると、そら食べるよ、そら又、ガツガツ食べるという声が聞こえる」。フコーは食事中に似たようなことを言っていた。
 たとえば、「自分は何も言わなくても、他の人に自分の考えている事が分かる。それは周りの人達の顔つきで分かる」。フコーが他人に話しかけた時、私の思考が伝わってしまうのではと心配になった。
 たとえば、「『奇怪、憑き物』に支配されている」。フコーの存在がそうだ。
 たとえば、「もう一人の自分がいるように、とりとめのない思考が頭の中に次々に浮かんでくる」。フコーがもう一人の私のようなものだとすれば、当てはまる。
 これらの合致から、医師からすればフコーは妖精でも奇跡でもなんでもない、ただの精神病の症状とされるのだろうと知った。フコーが見えて会話していることを話した方がいいだろうか、とも思った。けれど私はそうしなかった。主治医には、ただなんとなく色んなことが面倒になって、死にたくなったんです、という話だけをしていた。


 コンセントを使った道具が禁止されているここでは、ドライヤーなど使えない。タオルで髪を拭きながら浴室を出て病室に戻ると、ベッドの上に、母からの書き置きがあった。食堂で待っているらしい。
 両親が、お菓子や本、電池に着替えなど、色々な物を持ってきてくれるのはありがたい。ほぼ毎日、父か母かどちらかが様子を見にきてくれるのは頭が下がる。話している間はフコーの声も小さくなる。けれど、やっぱり私は、どんな顔をして二人に会えばいいのか分からず、会うことが気が重いと感じてしまうのだった。
 とはいえ、会わないわけにはいかない。タオルをベッドの枠に干し、食堂に向かった。
 母は窓際の席に座って文庫本を読んでいた。私が近づいていくと、顔をあげて笑みを見せる。その笑みの受け止め方が分からない。笑顔を返せばいいのだと頭では分かっているのだけれど、それが顔に現れる前に何かに妨害されてしまって、私は妙にこわばっているだろう表情で母の向かいに座った。
「どう、何かあった?」
 母が、この十日でお決まりとなった質問をしてくる。
「……先生と面談したけど、特に何も変わってないよ」
「そう……。あ、ほら、ふたえが読みたいって言ってた作家の本、見つけたから持ってきたよ」
「あ、ありがとう」
 その後、他に持ってきてくれた物についてや、家で何があっただとか、天気がどうだとか、雑談をする。雑談と言っても、毎日会っていれば話題もなくなりそうなものだが、両親は何かしら話をつなげる。私にはできないことだな、と思う。
 話が一区切りしたところで、母が聞いた。
「他の患者さんと話したりするの?」
「……うん、まあ。よく声をかけてくれる人、いるよ。昔、学校の先生だった時の事を話してくれる人とか」
「ああ。そういう人って、誰でもいいんでしょうねきっと」
「…………」
 私はうつむいた。言いたいことがあったけれど、言っていいのか分からなかった。
「そうそう、庭のエサ台に、ヒヨドリがくるようになったんだよ」
 母は気付かぬふりで次の話題に移った。そうなるともう、私には何も言えなかった。
 そのまままた少し話をした後、母はそれじゃまた明日ね、と言って帰っていった。
 残された私は、周囲を見回した。食堂には他にも何人かの患者がいて、テレビを見たりジグソーパズルをしたりしていた。私と母の話は聞こえてしまっていただろうか。
 母の、他の患者を異常な人と決めつけているような言葉が悲しかった。確かに、ここにいるのは精神の病気を患っている人ばかりだ。彼ら彼女らはどこかおかしいのだろう。けれど、だからと言って、新入りの私に対して話しかけてくれる行為までも、異常さの表れとして見てしまうのはよくないことのような気がした。精神の治療を受けている人間は、マトモな行動を一切とれないのか? 人格が尊重されないほどに、おかしいとでも言うのか? そんなことはないと思う。まして、他の患者たちの耳のあるここであんなことを言うなんて。
 そこまで考えて私は、何だか、母にひどく裏切られたように感じている自分に気付いた。ちょっと迂闊なことを言われたというだけなのに、とてもショックを受けていた。裏切られたという感覚は、信じているから生まれる。私は母を全面的に、信じているのだ。人間なのだから欠点があるということを、頭では知っていても心が納得していない。だから、少しの瑕疵を見ても大きく動揺する。
「……苦手意識があるくせに崇拝してるとか……めんどくせーなお前」
 フコーの声だけが、小さく呟いた。その通りだ。
「これじゃあ……相変わらず九島を完璧超人だと思ってねーか……怪しい……も……」
 途中で言葉はかすれ、聞こえなくなった。
 九島さん。九島さんはどうしているだろうか。心配だった。両親に聞けばどうなったか分かるかもしれないが、九島さんの事故と私の自殺未遂が関係があると思われて迷惑をかけるのが不安で、聞けないでいた。フコーがいれば何かいい案を教えてくれたろうに、私一人では何も思いつかなかった。心細かった。
 それからの時間は、親のことや、私のこと、そしてフコーのことを考えて過ごした。


 消灯時間の30分前が、私が薬を飲む時間だった。ナースセンターに行き、薬を渡された。薬を口に含み、もらった水をその場で飲む。
 私はそのままトイレに行く。個室に入る。
(……フコー。聞こえる?)
 フコーの声は返ってこない。
(私、このままフコーを消すのは、嫌だ)
 トイレは静まり返っている。聞こえる音は、トイレの外からの物ばかりだ。
(フコーは私と1セットでしょう? 私を幸せにするために現れたんでしょう? まだ、全然幸せになってないよ。フコーが私のつくった幻でも、こんな、自分の一部を無理やり眠らせるみたいなこと、やりたくないよ。だから)
 便器に、口の中に入れたままにしておいた薬を吐きだした。
(だから、薬を飲むのをやめる。フコー、戻ってきて)
 水を流す。薄紅色の錠剤が飲みこまれていく。
(……フコー。私は、フコーを消すことがマトモになることだとは思わない。フコーと一緒になって初めてマトモになれる)
 フコーはまた私に死ねと言うだろうか? でもフコーがあんな状態になったのは、九島さんが事故にあったと聞いた私が動揺していたからではないか。今なら、大丈夫かもしれない。いや、きっとそうだ。
(そうだよね)
 他人から見れば、フコーは狂気の産物でしかなかろうと、私にとっては奇跡だったんだ。生きるために必要な存在だ。フコーがいなければ、九島さんとの関係を保てない。勉強もできない。両親とどう付き合っていけばいいか分からない。
(フコー、助けにきて)
 私は祈るように思った。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:2
(suika)(clown)


名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:5
剣技:
 ・召喚剣<0/3/0/5/高高/ブンリ>
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝/ショウカ>
 ・召喚剣<5/5/0/2/衝衝/コウゲキ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝絶/ヨクアツ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/鏡鏡鏡鏡鏡/セッシュ>

設定:
14.
 薬をこっそり飲まなくなって、五日ほどが経った。
 昼ご飯を食べ終わった後の、午後二時。細く開けられた窓から入る風が、白いカーテンを揺らす。私は自分の病室のベッドに座って、文庫本を開いていた。
「…………」
 文字を目で追う。けれど、内容が頭に入ってこない。
「ああ……」
 私は小さく呻いた。
 数日前から、妙な、そして経験したことのないほど強い焦燥感が、心を支配していた。飲んで体が馴染み始めていた薬を急に止めた離脱症状だろうか。こうしていてはいけないような。何もかもが悪くなっていくような。そんな気がしてじっとしているのが辛いのだが、何をすればいいか分からない。日が暮れてからは若干気持ちは落ち着くのだが、この昼の時間は、どうにも駄目だった。
 どうしたらいいのだろう。どうしてこんな場所にいるのだろう。私はどうしてしまったのだろう。何にも集中できないのに、何かをしなければならないようで、心が破裂しそうだった。
「辛そうだね」
 ふいに、隣のベッドの患者が声をかけてきた。
「ええ……ちょっと。すいません、外から見えるくらい鬱々としちゃって」
「謝らないでいいよう。大変だよね」
「……どうも」
 小さく頭を下げる。こういうちょっとした優しさにも、どう振る舞えばいいかも私にはよく分からない。  窓から豊富に降り注ぐ日光が不安を増すように感じられて、布団を体に巻きつけた。いっそベッドの下にでも潜り込みたいほどだったが、ギリギリの理性でそれを抑える。
 そして、光を受け止める白い床に、フコーがいる。
「やっぱどうしようもないなお前」
 床に胡坐をかいたフコーが毒づく。
「何で普通の事ができないのかね。『どうも』? なんだそりゃ。ありがとうございますの一言と笑顔でも見せろよ。それぐらい分かってんだろ。分かってんのにやろうとしないんだから救えねーな」
(……そんな言い方、しなくたって)
 薬を止めてから、思った通りフコーは日ごとに活発になった。けれど、思った以上に活発になりすぎた。
「どんな言い方したって一緒だろ。どうせお前は改善するつもりなんかないんだ」
 以前のように、私に助言をしてくれるフコーでいたのは、一日程度だった。その日を過ぎると、ギラギラとした視線で、私をとにかく責めるようになった。
 四六時中、フコーの声が頭の中に響く。耳元で、部屋の隅で、目の前で、私をなじる。私の精一杯の反論も意味をなさない。
「ここでのうのうと何をしてるんだ? ここにいるだけで入院費がかかってるんだぞ」
(……知ってるよ)
「治療もまともに受けない。人に心を開こうともしない。学校を休んでる分の勉強もしない。ただどうでもいいような本を読んでるだけで。お前、何でここにいるんだ?」
(分かってるって!)
 布団に顔をうずめ、心の中で叫んだ。
 何で、こんなことになってしまったのだろうか。どこからずれてしまったのだろうか。何が狂ってしまったのだろうか。
 面会に来る両親の前では、できる限り普通に振る舞っているつもりでいた。しかしそれでも、どこかおかしいことが伝わってしまったのだろう。父にも母にも、大丈夫か、と何度も聞かれた。
 娯楽室にあるカラオケを使っているらしい、誰かの下手な歌が聞こえてくる。耳障りだった。
「他の患者が気遣って声をかけてくれても、お前からは近づいていこうとしない。だから、ああいう遊びにも誘われない。他の奴らに好印象を持ってもらいたがりながら、あいつらをみんな頭のおかしい奴らと蔑んで一線をひこうと思ってる」
(……主治医も、看護師さんも、他の患者さんと仲良くなり過ぎない方がいいって言ってたもの)
「それが見下す理由か、大したもんだな。母親が他の患者を差別的に見てるのにイラだった癖に、自分はどうなんだ」
(…………)
 フコーが私を責める勢いは、日に日に強くなっていた。言葉の一つ一つが、私の心をえぐる。
 私にはフコーが必要だと思って、薬を飲むのを止めた。フコーが私の一部なのだから、私がしっかりしていればフコーはおかしくならないと思っていた。けれど、もう。
「お前みたいに人生に適応できない奴は誰にとってもお荷物だ。死んじまえよ。楽になるだろ。そうしたいんだろ」
 その言葉に、私は決断を下さなければならないと思った。



 午後九時を過ぎ、病室の明かりが消された。暗くなった部屋で、私はベッドの上に体を起こしていた。昼間よりは気持ちが落ち着いている。薬は、今日も飲んでいなかった。
「ふたえちゃん、おやすみ」
 隣の患者が、ベッドの間を仕切るカーテンを閉めた。
「おやすみなさい」
 私も、できる限りの好意を込めて挨拶を返す。
「挨拶一つでいちいち気張りやがって、人慣れしてねえのが見え見えだな」
 床頭台の上に座ったフコーが、私に吐き捨てた。
(……そうだね。いちいち緊張してたら、気持ち悪がられるよね)
「しかもここをちょっと居心地いいとか思い始めてんだろ。みんな遠慮しあってるから学校みてーに他人との関係で疲れねえし。たまにいきなり叫び出す奴はいても、医者が処置するし。親は腫れ物に触るみてーに優しくしてくれるし。メシは出るし何をさせられるわけでもないし」
(うん。楽しい場所じゃないけど、辛くない場所だと思ってる)
 私は内心で頷く。
「あーあ。どうすんだお前。一生ここで過ごそうとでも思ってんのか? できるわけねーよなあ」
(…………)
「だからって普通の生活に戻る勇気もないしな」
(…………)
「やっぱ死ねよ。さっさとマトモになった振りしてここ出てさっくり死ねよ」
(……ねえ、フコー)
 私はフコーから目を逸らして、心で話しかける。
「今まで生きてたっていいことなかったろ。人生で一番気楽で幸せな時期が惨たらしかったお前にこの先何があると思ってんだ? もう諦めろよ」
 フコーは私の言葉を聞かずにまくしたてる。心が痛くなることばかりを、消えてしまいたくなるようなことばかりを言われる。それでも構わない。
(フコーはさ。きっと本当に、私のために現れたんだと思う。私の心の、ずっと重さがかかってて、押し潰されて壊れそうになってた部分から出てきたんだと思う)
「お前さあ、実はちょっと、ここに入れられたことを嬉しく思ってんだろ? 自分が、他の大勢の、今までお前を馬鹿にしてきた平凡な奴らとは違うって証明された気になって」
(九島さんと喧嘩しちゃった時が、私はギリギリだったんだろうね。ギリギリ、アウトだった。だからフコーが生まれた。フコーが、私を助けるために出てきたってのは、正しかったんだ。数日だったけど、フコーは足りないところだらけの私を補ってくれた)
「逆だからな? お前の頭のデキが、ああだこうだとレッテルはられて分類されるような精神病に合致してるんだよ。お前は類型的なんだ。特別でも何でもない」
(でも、姫宮たちに責められた時に、フコーを生み出してた心の場所が、壊れてしまったのかな。だから、フコーも……いや、私が、おかしくなってしまった。私の一番おかしくなった所を、フコーが担当してくれただけで)
「感受性が鋭いとも勘違いしてるな。単にみんなと一緒が嫌なだけだろ。だから元々の感覚を捻じ曲げてでも、人が好まない方向を好きだと思いこもうとして。協調性がないだけだ」
(フコーは、私を助けてくれた。助けてくれ続けた)
「親のことも、尊敬しているとか言いながら、本当はネチネチ恨んでるだろ。小学校の頃学校でからかわれてたお前に何もしなかったとか。部活を辞めた理由を詳しく聞こうとしなかったとか。お前から助けを求めなかったのに、助けてもらえなかったことを本当は恨んでやがる。それを自覚したくないから、尊敬してるが付き合い方が分からない、なんて振りをして。まったくろくでもねえ」
(でも、私は、フコーのことも、間違って受け止めてた)
「こっちを見ろ。こっちを見ろ!」
 フコーが叫んだ。私は、ゆっくりとフコーを見た。
「死ねよ。クズ。今すぐだ!」
 フコーは私の目の前、数cmの距離にいた。右目の眼帯を外して、宙に浮かんでいる。ギラギラとした、魔物のような赤い瞳で私の目をのぞきこんでいた。私の視界はフコーの緑の肌と赤い瞳だけで覆い尽くされる。
 怖かった。とても怖かった。フコーと呼んでいたこの存在が、私を食らい尽くすのではないかと恐怖を感じた。
 フコーとのことを思い返す。九島さんを怒らせてしまって困っていた私の前に現れ、グズグズと迷う私を押しだしてくれたこと。テストで往生している時に、私の忘れきった勉強の記憶を掘り起こして教えてくれたこと。姫宮の視線に脅えていた時に、私の足を動かしてくれたこと。女の人が倒れている時に、応急処置をどうしたらいいのか教えてくれて命を救ったこと。私が九島さんを好きなのだと指摘したこと。
 ここまでは楽しかった。フコーは私のために神様が使わしたのかも、なんてことまで考えた。けれどその後のことも、忘れたふりはできない。
 九島さんが車に飛び込んだと聞いて動揺する私に、死んで責任を取れと言ったこと。四六時中、私を責め立てたこと。服薬を続けていたら、次第に姿が見えなくなっていったこと。私はそれが嫌で、薬を断ったこと。そして、今、ギラギラと光る目で私を飲みこもうとしていること。
 フコーに責められるのは辛かった。けれど、憎むことはできなかった。
 フコーは私だ。誰が何と言おうと、私の一部だ。漆口ふたえを構成する大事な部分だ。たとえ、それが他人から見れば病の症状だとしても。類型化されてレッテルを貼られカルテに書きこまれる、有り触れた反応だとしても。フコーは確かに存在する。
 また薬を飲み始めれば、一週間も経てばフコーの姿は薄らぐだろう。私は責められることはなくなる。医師は私の治療が前進していると認める。両親もそんな私を見て安心する。みんなが喜ぶ世界になる。
 でも。でも、しかし、けれども。その世界は、欠落している。フコーだった私の部分が、いないことにされている。
 私が一週間後に死ぬとしたら、きっと身近な人には悲劇だと受け取ってもらえるだろう。けれど、一週間後にフコーが消えるのは、誰にも悲しんでもらえない。それはきっと、私にすら。薬で精神を強制的に安定させられた未来の私は、うじうじと悩まなくなっているだろう。フコーという、一時の支えであっても、やがて攻撃してくるようになった存在が消えて、せいせいしているだろう。誰にも悲しまれず、むしろ喜ばれる消失。そんな悲しいことが、他にこの世にあるだろうか? 死んだことにすらされない消失は、最も完全で残酷な死だ。そんなものが許されるのか? 私はそれを許すのか?
 フコーとなら、生きていけると思った。駄目なところばかりの私でも、人並みになれると思った。それができなくなるというなら、私は、もう。
 フコーの赤い瞳が、私の網膜を突き抜けて脳まで達する。意識が赤に浸食される。フコーのことしか考えられなくなる。
「死ね。シーツをねじって首を絞めろ」
 シーツを手に取る。ひも状に伸ばす。
「いいぞ。そうだ。そのまま絞めろ」
 それから、首に回すようにして。
「さよなら、フコー」
 そして私は、


 いくつか、思い出すことがあった。
 小さい頃、私の誕生日。私の家では、誕生日の人に何が欲しいか直接聞いたりせず、贈る人が考えてプレゼントを送りあっていた。当日まで何がもらえるか分からないサプライズプレゼントだ。ケーキを前に、両親から渡される箱。しかしサプライズであるが故に、全く好みではない物が贈られ、がっかりすることもあった。
 小学校の頃、プールの授業があった。私は背泳ぎができなかった。水の中で仰向けになることが怖くて仕方なかった。簡単そうに背泳ぎをする他の子供たちと私では、何が違うんだろうと思っていた。
 また別の子供の頃、時々喧嘩をした。けれど何となく、次の日には仲直りしていた。いつからだろうか、喧嘩をしても簡単には仲直りできなくなったのは。互いの歯車がずれ始めたら、もう私には修復できる気がしなかった。人間関係だけでなく、あらゆる失敗が致命傷である気がして、失敗をひどく恐れるようになった。


 私はシーツをよじって作った紐を首に巻き付けて。
 目の前で、赤い瞳を光らせているフコーに呟く。
「さよなら……フコー」
 そして私は。
 首に巻きつけたシーツから、手を離す。
「……しないよ」
「あぁ?」
 フコーが恫喝するように呻く。私は怯えを抑えて、もう一度心で言う。
(自殺は、しないんだ)
 死んでしまえば楽になると思う。死ぬことを決めてしまうだけでも、楽になる。あの月曜日、フコーに言われて死ぬことを決めてからしばらくの間、悩みなんて何もなかった。苦しいはずのこともどうでもよかった。死のうと思っている最中は、心のヒューズが焼き切れたように、ひどく安らかな気持ちだった。
 けれど、今の私は、色んなことを辛いと思ってる。自分の弱さが辛い。フコーの弾劾が辛い。親とのすれ違いが辛い。九島さんのことを思うのも辛い。医師に嘘をつくのも辛い。学校に戻るのも辛い。
 でも、辛いことを辛いと感じるのは、そこから逃げないでいるからだ。逃げたいとは思う。けれど、まだ逃げようとしていない。苦しいと思うのはそのためだ。逃げずに立ち止まっているから苦しいんだ。私は、死に逃げようとはしていない。どうしてなのかは、分からないけれど。
(フコーは、間違ってる)
 フコーは絶対的に正しくなんかない。完璧な導き手だなんていうのは、私の押し付けた認識だ。誤解だ。フコーは、私の忘れていることを引き出すことはできるかもしれない。でも、私の知らないことまでは知らない。フコーは神でもなんでもない。それに、私についてですら、今のフコーは完璧には理解していない、或いは無視していることがある。私が、生きたがっているということについて。
(フコー。私は幸せになりたい)
「だったら死ね。絞めるのを続けろ。それしかない」
 フコーは軋むような声で言う。
(違うよ、フコー)
 私は首を振る。
(死んだら、それ以上不幸じゃなくなるってだけ)
「お前が生きても惨めな目に遭い続けるだけだ。死んだ方が不幸にならない」
(そうかな。そうかもしれない。でも、フコーは予言者じゃない。その言葉は絶対じゃない)
 私はフコーの言葉を否定する。
 生きていく中には辛いことが沢山ある。不安と恐怖ではち切れそうだ。
 けれど、思い出すことがあった。
 私の前には、まだ何かの入ったプレゼントの箱が並んでいる。ろくでもない物ばかりに思えるけれど、本当に何が入っているかは、開けてみないと分からない。幼い頃は、中に何が入っているか分からなくても、そのドキドキが喜びにつながっていたはずだ。
 できない背泳ぎに、私は何か大事な物が欠けているようだと思っていた。でも、ある年の授業で、何故かふと、背泳ぎができるようになっていた。練習もしていないのに、自然と。できないはずのこと、絶対に無理だと思ってることが、できるようになることもある。
 昔のことだから、いい記憶ばかり蘇ってくるのだろうか。今と昔では状況が違うのだろうか。
 いや、違う。この回想は、今にも繋がる。喧嘩をしたら、取り返しのつかない断絶が生まれると思うようになっていた。失敗は取り返しがつかないと思っていた。でも、九島さんとはまた友達に戻れた。首に包丁を突きたてようとしても、まだここにこうして生き残っている。戻ろうと思えば、今までの生活に戻れる。これほどの失敗でも、取り返しが、つく。
「錯覚だ。都合のいい妄想だ。思い出せ。お前が今までどんな嫌な目にあったか思い出せ。目を背けるな」
 フコーが食い下がる。私に思い出させようとする。音楽の時間にクラス中が私を笑ったことを。漆口ウィルスなんて呼ばれて、クラスメイトがキャーキャー言って私から逃げたことを。姫宮が他の部員を連れて私にしたことを。
 消えない嫌な思い出。ふとしたことで蘇り、胸の中に真空が発生したように痛む。
 でも。
(それを抱えていても、まだ立っていられる)
 生きることが辛いと思うなら。辛いと思える場所にでも立ち続けていられるなら。希望なんてないように思えても、自分の心が焼き切れずにいられるなら。心の一部が壊れても、そこを犠牲に息をしていられるなら。私が私でなくなっても、私が続いていくなら。
(ごめん、フコー)
 私だって、幸せになりたい。生きて、幸せになりたい。本当は、生きていたい。生きたいんだ。理由もなく、そう思う。
 この思いはもしかしたら、これからの悩みと不安から隔離され保護されたこの閉鎖病棟だから持てるものなのかもしれない。私より重い病状の人たちを見下して、私はまだマシだなんて醜い考えから生まれた物かもしれない。でも、未来からも過去からも切断された今の私がそう思っていることを、否定しなくたっていいはずだ。
 幸せになる為に、フコーに一緒にいてほしかった。フコーは絶対に必要だと思っていた。でも、フコーが私を生かさないって言うなら。
「……本当に、ごめん、フコー」
 フコーを殺して、私一人で、幸せを目指すよ。
 私は、枕元のティッシュの上に吐き出しておいた薬をつまんで、飲み込んだ。


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:4
(samantha)(suika)(utsm4)(clown)


名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:5
剣技:
 ・召喚剣<0/3/0/5/高高/ブンリ>
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝/ショウカ>
 ・召喚剣<5/5/0/2/衝衝/コウゲキ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝絶/ヨクアツ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱熱重衝衝/ホショウ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/鏡鏡鏡鏡鏡/セッシュ>

設定:
15.
「漆口さん、面会の方が来られました。食堂で待ってらっしゃいますから」
「あ、はーい」
 看護師(未だに看護婦と言ってしまいそうになる)に返事をして、私はベッドから立ち上がった。
 今日面会に来てくれると分かっていたので、病院着ではなく私服を着て準備していた。部屋に備え付けの鏡で、ちらっと自分の姿を確認する。二つ隣の病室では、暴れた患者が叩き割って鏡がなくなったらしい。しかし私が二週間前に移されたこの病室はナースセンターから遠い病棟の端にあり、暴れるような病状の患者が入れられないため、鏡は無事に残っている。そこに映った私は、髪がちょっとベタッとしていたのが気になった。一昨日、昨日とお風呂に入れなかったからだ。女子の入浴は火・木・土なので、火曜日の今日は二日間お風呂に入っていないことになる。ちょっと無理をしてでも、狭い手洗い場で髪を洗えばよかったかなと思ったが、もう遅い。諦めて、紙コップを持ってそのまま病室を出る。
 廊下を歩く。楽しみな気持ちと、心配な気持ちが一緒くたになって、足元がフワフワする。でも、嫌な感じではなかった。
 食堂の前についた。一度、足を止める。深呼吸をして、中に、入る。
 堂内を見回す。大きな窓から入ってくる陽光が刺さり、私は目を細める。面会人は、入口に背を向けて、陽の当たる席に座っていた。
 そっと近寄る。あと数歩のところで、面会人は気配を感じたのか振り向いた。
 私から、声をかける。
「……来てくれて、ありがとう」
 私を見上げて、小柄な彼女は言った。
「久しぶり、ウル」
 二ヶ月ぶりに見る九島さんは、私を見上げて笑いかけた。



「本当久しぶり、九島さん」
 私は笑みを作った。
「そうだね。ウル、元気だった? って、入院してる人に聞くのも変かな」
「いいんじゃない? まあ、元気だよ、うん」
「…………」
「…………」
 ぎこちない沈黙が落ちた。
 私はとりあえず、九島さんと向かい合う席へ向かう。紙コップを自分と九島さんの前においた。
「ええと……」
「あ、ちょっと待って、今飲み物持ってくるから」
 私はそそくさと、食堂で共用されている冷蔵庫に行く。飲み物を用意しておいた。扉を開け、漆口とマジックで書かれた緑茶のペットボトルを探す。冷蔵庫に入れる物にはちゃんと名前を書いておかないと、他人の物を勝手に飲み食いしてしまう人もいるのだ。……見つけた。キャップを確認して、誰かに開封されていないことを確かめる。大丈夫。九島さんの待つ席へと戻った。
「お待たせ」
「悪いね、お見舞いされる側にそんな気を使わせちゃって」
「そんな。九島さんこそ、その足でわざわざ来てくれて」
 紙コップにお茶を注ぎながら、私は九島さんの右足を見る。太ももから先が、白いギブスに包まれていた。隣の椅子には、松葉杖が立てかけられている。
「いやいや。自業自得って言うか、なんて言うか。……ただの不注意の事故じゃないってのは、聞いてる、かな?」
「……うん、姫宮たちに」
「そっか」
「……今は、大丈夫、なの?」
「んー、まあ、多少の不便はあるけど、痛くないような動き方も覚えたし。洗えなくて痒いのと臭いのが一番困るかな」
「そっちじゃ、なくて」
 心の、方は。
「……ああ。うん、まあ。大丈夫」
 そう答える九島さんの顔に、影が落ちた気がした。それに気づいてしまって、私は何も言えなくなる。
「…………」
「…………」
 また、二人とも黙る。互いに、どこか強張った微笑のまま、居心地悪げに座っている。
 九島さんが、おさげをいじりながら、紙コップのお茶に口をつける。
 と、
「……ふふ」
 突然、九島さんが笑った。
「え、どうしたの? 私何か変なことした?」
「ふふふ、あ、いや違うの、ウルがおかしいんじゃなくってさ。このお茶」
「? どうかした?」
 私は九島さんの笑いの意味が分からなくて戸惑う。
「だってさ、病院で、白い紙コップで、薄黄色っぽい液体って……くくっ」
「…………!」
 ようやく、私も意味が分かる。
「どう見たって、ふふ、微妙に泡立ってるし、け、検尿じゃない、っぷあはははははは!」
「あっはははは、やだ、九島さんなんてこと言ってんのさ、もう飲めないじゃんっ」
「だってそれ以外見えないって、ウルがジュースでも用意してればよかったのに、よりによってお茶なんだもん、あはは、病院だからって飲尿健康法はレベル高くないですかぁー? っははは」
 私たちはしばらくの間それで笑いあっていた。



 笑い疲れた頃、また私たちは互いの顔を見つめあった。さっきまでの緊張は、笑いによって薄れていた。
「あー、笑った笑った」
「なんてひどい笑いだったんだろう……」
「あー。でもちょっと安心したよ。もしかしたらウルが笑ってくれないんじゃないかって思ってた」
「…………」
「ウルのこと、ほとんど聞いてなかったからさ。学校では体調崩して入院ってしか言われてないし。ウルのお母さんに直接聞いて、ここにいるって教えてもらったんだ」
「そう、なんだ」
 九島さんが母に私について聞いてきた、というのは母から教えられていた。この病棟に入っていることを九島さんに教えていいかと確認されたのだ。私は、いいよ、と答えた。
「……もしかして、来て迷惑じゃなかったかな」
「そ、そんなわけないじゃない!」
 私はすぐに否定するが、九島さんは、少し俯いた。
「だってさ。考えすぎかもしれないけど。……私が、変なことしたから、ウルは苦しくなって……ここに入るようなことに、なったんじゃないかなって」
 私は息を詰まらせた。
 私が自殺をしかけたのが、九島さんのせいとは思っていない。けれど、九島さんの事故がきっかけ、それを姫宮たちが増幅させた、ということは間違いない。九島さんのせいではないと言った方が、九島さんは楽になるはずだ。でも、どうなんだろう。ここで誤魔化して、私はちゃんと九島さんの顔を見られるだろうか。
 私は、迷って、
「……九島さんのこと、心配は、したよ。でも、九島さんのせいで、ここに入ったんじゃないから。誰のせいでもない……って言ったら、クサいかな。でも、そう思ってる。だから、九島さんのこと、迷惑だなんてちっとも考えるわけないよ」
 そう答えた。
「……そっか。それなら、よかった」
 九島さんは、私の言葉を信じてくれたのだろうか。分からないが、微笑んだ。
「九島さん、まだ、合唱部にいるの?」
「うん。足が折れてても声は出せるからね」
「姫宮たち、も?」
「うん」
「……嫌なこと、されない?」
「今のところ、大丈夫みたい」
「……あのさ。もしも九島さんが望むなら、なんだけどさ」
 私はポケットから、携帯電話を出した。
「九島さんが事故にあった後、姫宮たちが、私を囲んだ時の声。これに録ってあるんだ」
 姫宮たちに音楽室に連れ込まれた時、ポケットに手を入れ、携帯の録音機能を作動させていた。部活を辞めてからも悔しさが消えなかった頃、何とか報復の手段がないかと考え、思いついた作戦だった。
「姫宮が、九島さんにどんなこと言ったかも、あいつが自分で言ってる。もちろん私に言ったことも入ってる。もし九島さんがそうしたいなら、これを学校に提出したり、ネットに流したりしたら、姫宮は多分、ろくなことにならないと思う」
 九島さんは、私の言葉に数秒目を丸くしていた。
「ウル、本気?」
「いや、うーん、本気って言うか……」
 私の歯切れの悪い言葉に、九島さんは少し考えた後、にやりとして答えた。
「いや、今回は使わないでおこう。でも、保存しておいてよ。パソコンとかにも移せるなら、コピーも。もし何かされたら、その時はこれがあるって脅してやる。これで次は、言われ放題で一人で車に飛び込まなくて済むね」
「そう、分かった」
 私は少しほっとしていた。姫宮たちに恨みがないとは言わない。けれど、報復をしてやりたいかというと、そうでもなかった。そんなドロドロした関係にこれから飛び込んでいくには、ちょっと疲れていた。それにやっぱり、自分が虐げられている内容を公開するのは恥ずかしくもあった。
「姫宮たちって言えばさ」
 九島さんが話を継ぐ。
「数人、ウルに謝りたいって子たちもいるんだけど、どうする?」
「え」
 今度は私が目を丸くする番だった。
「いや、姫宮は全然そんな気ないみたいだけど。そういうタマじゃないし。でも、その取り巻きの子のうち何人か、責任感じたみたいで、私に謝りにきたのよ。で、漆口さんにも謝れませんかー、って」
「…………」
 私は迷った。あの時周りにいた奴らを、許す度量が自分にあるか不安だった。謝られて、素直に受け取れるか分からなかった。でも。
「……九島さんが、一緒に来てくれるなら」
「それはもちろん。よかった、あの子らもほっとすると思うよ」
 九島さんは喜んだ様子で言った。それが不思議だった。私は、うねうねと手を組んで考えて、聞く。
「九島さん。九島さんは、結局……自殺、しかけたんだよね」
「おっと、切りこんできたねウル。うん、しかけたっていうか、実際したんだよね。何本か骨が折れた程度で済んだのはラッキーってことらしい」
「……そんなに追い詰められたのに、追い詰めた人たちのこと、許してるの?」
「…………」
 九島さんは、返事に少し悩むそぶりを見せた。
「それは、ね。まあ、私も、入院中にあれこれ考えたわけよ」
「うん」
「私の場合、姫宮に言われたことって大体事実だから。ウル、姫宮から聴いたかな? 姫宮の友達の彼氏を奪ったって。最初はもう恋人がいるって知らなかったけど、知った後も別れないでつき合ってたって。それを責めてきた人たちを恨もうとすると、巡り巡って自分の馬鹿さとか弱さとかだらしなさに辿りついちゃうわけよ。それでも恨み続けるのって、大変だなって思って。疲れるし。だから、まあ、もうどうでもいいかなって」
 どうでもいい、なんて妥協したような言い方は、少し九島さんらしくない気もした。それは私の勝手なイメージだったのか、それとも九島さんも変わったのかもしれない。
「……九島さん、許せるなんて凄いね」
「いやー、ちょっとかっこよすぎること言っちゃったかな? まあこういうのって、考えたことの結果だけ言えば無駄にかっこよくなるよね。考えてる最中は凄くかっこ悪いんだけど。あはは」
「ふふ」
 九島さんはお茶に口をつけた。しょっぱくはないね、なんて言うのでまた笑ってしまった。



 一息ついて、もう一つ聞きたかったことを口にする。
「九島さんさ。大丈夫って、言ってたけど。じゃあもう今は、死にたいとか思わない?」
「え? いや思うけど?」
「思うのかよ!」
 あまりに平然と言われてしまった。
「あはは。そりゃ思うよ。っていうか別に、前々からちょくちょく思ってたし」
「そうなの?」
「そりゃそうだって。私たち、大人から見りゃ子供なんだろうけど、子供なりに色々あるからさあ。死にたいって一回も思ったことのない子の方が少ないんじゃない? ウルが私のことどう思ってたのか知らないけど、私って割と考えること暗い方だから」
「そう、なんだ」
「ウルも、まだ時々、死にたいって思わない?」
「……思う。しょっちゅう、死にたいって思う」
 私は正直に答えた。
 フコーに別れを告げた、あの時。私は生を選んだはずだった。けれど、それですぐに生きることにばかり向くほど、人の心はデジタル的にはできていない。今までのこと、これからのこと、何か考えるたびに、死んじゃおうかな、という思考が頭をよぎった。
 九島さんが、なぜか少しだけ嬉しそうな表情をした気がした。
 私は付け加える。
「それでも、生きたいって思う方が、ギリギリ強いけど」
 九島さんは一瞬眉をひそめた。そして、何度か頷く。
「なるほどねー。生きる意味とか考えちゃうでしょ」
「うん」
「多分ね、生きる意味とかレゾンデートルとか考えてるのが、もうちょっと袋小路にはまってる気がするんだよ。おまけに私たち、一回死のうとしちゃったから、死にたい癖ついてると思うんだ。全部放り投げちゃうことの気楽さを知ったから、何か嫌なことがあったらすぐ死ぬことを考えちゃう。多分、一生これには付きあってかなきゃいけない」
「……うん、そうだね」
「だからさあ」
 九島さんは一息溜めて、言った。
「今度どっちかがマジで死にたい時は、死にたがり同士一緒に死のう」
「え? ええ?」
 九島さんは真顔だった。
「嫌?」
「え、嫌っていうか、その」
 私は慌てた。まさか九島さんがそんなことを言うなんて。真面目に、そんな約束をしようというのだろうか。私を心中相手にするだなんて。本当に?
 どぎまぎする私をしばらくじっと見た後、九島さんは笑いだした。
「くく、大丈夫大丈夫マジじゃないから、デスギャグだよデスギャグ」
「で、デスギャグ?」
「そ、お年寄りとメンヘラが得意技なデスギャグ」
「……笑えないよ、それ」
「笑えない所が笑い所なの」
「…………」
 若干九島さんについていけず、私は半笑いで沈黙した。
 九島さんは続ける。
「まあ、ウルがどうしようもなく死にたくなったり、悩んだりしたら、気が向いたら私に話してよ」
「そんなことしたら……」
 また、九島さんが、私の負うべき重さまで、抱えてしまう。
「……迷惑でしょ」
「大丈夫大丈夫。今回のことで、自分の限界を知ったから。無理に解決しようと盛り上がったりしないよ。適当に聞き流すだけ。それでも、誰にも言わないよりマシでしょ」
 九島さんはそう言う。聞き流すなんて、簡単にできることでもないだろうに。
「……分かった、その時は、話すよ。その代りにさ、九島さんも、私に言ってよ。私は本当に、ただ聞くだけだけど」
「うんうん、ウルならそう言ってくれるって信じてたよ。お互いに相談し合う、いいギブアンドテイクだね」
 九島さんは嬉しそうにうなずいた。本当に私なんかに話してくれるのか分からないけれど、どうか本当であってほしい、と思った。



「ところで。ウルはさ、どうしてた?」
 漠然とした質問をされる。
「どういう意味?」
「ウルも、きっと色々考えたと思うんだ。それが、どういう方向にいってるのかなって。大丈夫、かなって」
 九島さんは、私の目をのぞきこむ。それが切なくて、私は少し視線を逸らした。すると、九島さんはニコリとして言った。
「ああいや、別にそんな難しいことを無理に聞きたいわけじゃないから。ぼんやりできてるなら、それでいいんだ」
「それは……」
 私はまた言葉に詰まった。今日は言葉に詰まってばかりな気がした。いや、いつものことだろうか。
「…………」
 九島さんは黙ったまま、静かに私を見ている。
 考えていたこと。決めたこと。私が見ていたもののことは主治医に話していたが、勝手に断薬したこと、そこで考えたことは、誰にも話していなかった。
 どこかに吐きだしたい、という気持ちはあった。ついさっき、悩んでいることがあれば話をしあおう、とも言った。その反面、九島さんにまた荷物を投げ出すのか、という躊躇いもあった。
 でも。あの子のことを私だけの内に秘めていたら、きっと変化して、風化して、消えてしまう。それは嫌だった。九島さんに話したところであまり変わらないかもしれないが、それでも、話したいと思った。
「……うん。九島さん、ちょっと、聞いてほしい。長くなるかもしれないけど」
「いいよ」
「私、妖精みたいなものが見えたんだ――」
 そして私は九島さんに、話を始めた。フコーについての話を。



 薬を飲んだからといって、すぐにフコーが消えるわけではなかった。まず一日のうちに現れる時間が減り、やがて数日に一度しか現れなくなり、ゆっくりとその存在が薄れていった。その間私は、本当にフコーを消してしまっていいのか、という疑念にさいなまれ続けた。薬を初めてトイレに吐きだしたあの時の私を、あのフコーに戻ってきてほしいという真摯だったはずの祈りを、裏切っているのではないかとも思った。不安だった。一人になるのは、フコーに責められているのとは違う意味で怖かった。だが、それでも、私は、フコーと共に死ぬつもりにはならなかった。
 今はもうフコーの姿は見えない。まだフコーがいたことを忘れてはいない。しかし、いつまで覚えていられるだろう。もう既に、フコーの声の印象は薄らいできている。あの時の嵐のような気持ちも、既に薄い膜越しのように感じられ始めていた。



 九島さんは私の話を、時々頷きながら聞いてくれた。九島さんからすれば、頭のおかしくなった人の妄想語りだったろうに、嫌な顔は全く見せなかった。
 フコーが見えてからの入院するまでの生活のことは、かいつまんで説明した。たとえば九島さんとの喧嘩がきっかけで見えるようにした、というのはボカしたし、みみずく書店でのやり取りなど言えるわけがなかった。
 入院してからフコーと別れるまでに考えたことについては、大体、全て伝えた。伝えたかった。少しでも、世界にフコーのいたことを残したかった。
「――だから。私は、多分、九島さんの知ってる私とは、違ってしまってると思う。心の一部を、フコーが出てきた部分を、殺したから。そうなっても、まだ、私は生きてる。……今まで知り合った人たちとは、同じようには付きあえないだろうけど」
「…………」
「そんな風な感じのことを、考えて、過ごしてたよ」
「ん。ウル、大変だったね。よく頑張ったね」
 九島さんは優しい目で私を見た。
「やだな、そんな言い方されたら恥ずかしいよ」
「ごめんごめん。……えっとさ。ウルが考えたことは、ウルにとって正しいんだろうけど、私は話を聞いて二つくらい思った」
「何と何?」
 私は、少し居住まいを正して九島さんの言葉を聞く。
「一個目は、凄い常識的な話なんだけど。ウルが病気だったとしたら、薬を飲むのは当たり前だと思うんだ。それをあんまり重く受け取る必要はないと思う。たとえば、高血圧の人だったら、血圧を下げる薬を飲むでしょ。で、高い血圧の時と、薬を飲んで標準的な血圧の時、どっちがその人の体にとって『普通』のことかって言ったら、標準血圧の時だと思うんだ。だから、フコー君が見えてる時の方が『違った』ウルで、今のウルの方が、元々のウルに近いんじゃないかな」
「それは……」
 九島さんのいうことは、分かる。九島さんらしい、正しそうな意見だ。でも、素直には頷けなかった。フコーの存在を間違いだったと思うことも嫌だったし、もしそれを認めたとしても、薬を飲んで以来、思考が以前よりもぐるぐると渦を巻かなくなった自分には違和感を感じていたからだ。自己暗示でそう感じるのかもしれないが、それを確かめる手段はなかった。
 わたしのその迷いを見てとったのか、九島さんは話を継ぐ。
「でも、ウルが変わったって思ってるんなら、変わったのかもしれない」
「……うん。やっぱり、私は、欠けたと思う」
「だとしても」
 九島さんは、力強い口調で言った。
「少なくとも私は、ウルが変わっても嫌ったりしないよ。これが二個目に思ったこと」
 そう言ってくれるのは、嬉しかった。しかし、私の頭に詰まった不安はそれだけでは拭われなかった。
「九島さん……分からないよ……そんなの。だって、恋人だって、どんなに好きだって言いあってても、簡単に別れるじゃない。だから……」
「そうか、そうだね。じゃあ、言い換えるよ。未来のことだし、ウルも、私も、これからどう変わるか分からないから、絶対に嫌わないっては言えない。でも」
 九島さんの言葉の強さは変わらない。
「変わるってことを、それだけで悪いことだとは思わない。だってそうじゃない? ウルは、この二ヶ月で変わったかもしれない。けれど、変わらない人なんていないよ。相手に変わらないことを望む人もたまにいるけど、私はそうじゃない。ほとんどの人もそうじゃない。私は、っていうか人間は、相手が変わっていっても、付き合い続けることもできるくらいの柔軟さを持ってるはず。ウルと親しくなる人は、ウルが思うよりちょっぴりマジメで、ちょっぴり適当だよ」
「…………」
 その言葉を信じたくなっている自分に気付いた。なのに、頭に巣食う恐れの虫が、追い払えない。
 だって私は、大きく変わってもいないのに、仲間だと思っていた部活のメンバーから迫害されたのだ。それなら、私が変わってしまうとしたら、一体どれだけの人が私から私に背を向けるのだろう。それを考えると、とても怖い。元より私は孤独のそばで暮らしていた。けれど、本当に一人になってしまうのではという想像は、心を凍りつかせた。
 九島さんに気を使わせないようにしたかったのにこんなに励まされている自分が嫌だったし、励まされてなお前向きに考えられない自分がもっと嫌だった。
「……ウル」
 不意に、九島さんが、テーブル越しに身を乗り出した。小さな手を伸ばし、テーブルの上に投げ出していた私の手を掴む。熱い。九島さんの発散しているエネルギーが、そのまま熱として私の手に伝わってくるような気がした。
「私は、たとえどこかが欠けたとしても、今のウルのことが、好きだよ」
 心臓が跳ねた。
 九島さんはやや伏した目で語りかけてくる。九島さんのシャンプーの匂いがする。
「ウルに謝りたいって言う部活の子も、きっと今のウルのことも好きになる。それに、ウルのお父さんお母さんも、ウルのことを好きでいる。……ウル、親のこと、苦手だって言ったよね。でも、ウルのことを好きな人がいるっていう事実を、否定しようとしないで。好かれるウルを否定しないで。ウルを好きでいてくれる人を、否定しないで。ウルが変わっても、それは変わらない」
「…………」
 私は、両親に好かれているのだろうか。きっと、好かれているだろう。なのに、私は両親がどこか苦手だった。優しいことを言われるほどに、何かが私を絡め取っていくような気がして、もがきたくなった。それが何故なのか、自分でも分からなかった。
 けれど、九島さんの言葉で何となく分かった気がした。私は、自分が両親に好かれるに足る人間ではないと思っていた。両親が私へ好意を受けるたび、私は何か不正をしているような気になった。いつからそうだったのかは、はっきりしない。小学校に入学する頃には既にそうだった気もする。両親からだけでなく、親戚から優しいことを言われても、なんだか落ち着かなかった。それは、私が彼らにほめられるような存在とは思えなかったからだ。だから、優しくされるたびに居心地が悪く感じられる。九島さんの言葉を借りれば、好かれる自分を否定しているから。その自分に対する否定が元になり、反動で、私を好いてくれる人を苦手に思う。そんな不当な扱いを私にしないで、と。もっとはっきり言えば、嫌ってしまう。
 でも。私だって好かれたい。当たり前だ。嫌われるのは悲しい。憎まれるのは辛い。それなら……私は、私が他人に好かれることを、何とか肯定しなければならない。
「……がんばってみる」
 九島さんに包まれた手に視線を落としながら、私は小さく答えた。
 九島さんはもう一度、キュッと手を握って、乗り出していた体を椅子に戻した。
「うん。少しずつでもいいからさ」
「ありがとう」
 私はそう答えながら、九島さんについてあることを考えていた。



 それから、しばらく他愛もない話をした。私は入院の暇な時間に読んだ本のことなんかを話したし、九島さんは学校で起きたことを話した。
 お互いに話が一段落し、何となく言葉の途切れる瞬間があった。私は飲み干していたお茶を紙コップに注ぎ直した。
「お菓子も用意すればよかったな」
「あ! そうだそうだ、忘れるところだった」
 言って、九島さんが傍らのバッグに手を突っ込む。その中から、ドーナツ屋の紙袋が出てきた。
「ドーナツ屋で我々は再び会うべきなのだ……ってね。健康的な食事ばっかりだろうから、たまには不健康な甘味もいいでしょ」
「おお……さすが入院した九島さん、入院してる人の好みが分かる」
「嬉しいんだか嬉しくないんだか、微妙な評価だなあ」
 開けられた袋の中には、四つほどドーナツが入っていた。めいめい好みのドーナツを取り出して食べ始める。私はフレンチクルーラーを取った。
 ドーナツの甘さに浸りながら、私は話を始める。
「フコーが消えた頃から、疑ってるんだ。私、本当に生きたいから薬を飲んでるのかなって」
 クリームと砂糖と油で口中を甘くしながら、私は話す。
「また薬を飲みなおした夜は、生きようとしたつもりだった。でも、それは本気だったのかなって。ただ、あの離脱症状の焦燥感と、フコーに責められる辛さから、場当たり的に逃げ出したかった、ただそれだけなんじゃないかって、疑ってる。生きて幸せになろうと思う、なんて、薬を飲んで苦痛から逃げだすために、場当たりで考えた言い訳なんじゃないかなって。だから、またすぐに、ちょっと嫌なことがあったら死にたくなるんじゃないかなって」
 人の心は楽をするためなら何でもする。特に、私の心は。だから、自分の意思すら信用できない。
 九島さんは、オールドファッションをもぐもぐしながら少し考え、にっこり笑って口を開いた。
「それでもいいじゃない。そうなったら、さっき言った通り、私に聞かせてみてよ。その時考えよう。二人ならいい方法が見つかるよ」
 遊びの相談をしてるかのような、明るい言い方だった。
「……そうだね」
 私は素直に頷いた。



 今日九島さんと会って話したことを思い返していた。
 九島さんは、私の話に、前向きな言葉を返してくれた。学校で毎日会っていた九島さんのまま、いやあの時よりもさらに力強くなっているように感じられる。初めに私が感じた、一瞬の影は見間違いだったのかと思わされる。
 けれど、私はあの表情を忘れられなかった。
 だから、声をかける。
「九島さん」
「何かな?」
「九島さん……自分のこと、好き?」
「え」
 一瞬、九島さんが言葉に詰まった。私のように、言葉に詰まった。そして、若干早口で言葉を継ぐ。
「……えっと。まあ、好きか嫌いかで言ったら、好きかなあ」
「九島さんは」
 九島さんの言葉を受け、私は話す。
「色々考えたんだと思う。今までの人生で。車に飛び込むまでに。入院している間に。だから、私の話に、次々に元気づけてくれるようなことを言ってくれる。でもさ」
 続きを口にすることを躊躇した。今頭に浮かんでることを言葉にしていいのかどうか、分からない。とんでもない勘違いをしているのかもしれない。そうだとしたら、九島さんをまた怒らせてしまうかもしれない。でも、もし私の考えが当たっているのなら、言わないではいられなかった。私は勇気を出して口を開いた。
「でも、九島さん、まだ、死にたいんじゃない?」
「…………。言ったじゃない、普通に死にたいって思うって」
 九島さんは、言葉は軽さを保ったままで答える。でも私は、その軽さを信じられない。
「そういう、たしなむ程度の自殺願望じゃなくて、もっと切迫した意味でだよ」
「……何で、そう思うの?」
「証拠は、ないんだけれど」
 私はまた躊躇った。これが、話を曖昧にできる最後のチャンスだった。けれど私は、踏み出した。
「九島さん、姫宮たちのこと、もうどうでもいいって言った。私が、色んなことをどうでもいいって思ったのは、入院した直後の、近い内に死のうと決めてる時だった」
 九島さんの顔をまっすぐ見られないでいた。テーブルの上に目を泳がせ、止まりそうな言葉をなんとか絞り出す。
「死にたいと思うかって私が聞いた時に、九島さんは思うって答えた。真剣じゃない意味で死にたいって思う、みたいな口調だったけど……真面目にそう思うんじゃない? 一生死にたい気持ちにつき合わなきゃいけない、なんて軽く言ってたけど、その軽さは、一生を、近い内に終わらせるつもりとかだからなんじゃないかな。それに、私と一緒に死のうって言った。……本気に聞こえたよ。ギャグなんかには、聞こえなかった。あそこで私が頷いたら、本当に、死ぬ約束をしようとしたんじゃない? だから、私が今も死にたがってるって言った時、少し嬉しそうにした」
 九島さんは何も言わない。 私の推測が的外れで、呆れているのだろうか。それとも。
 九島さんが一緒に死ぬ相手として私に目星をつけていたとしたら、私はそれをどう感じればいいのだろう。嬉しいでもない、悲しいでもない。そして、その心中相手になることを暗に断ったことは、どう言う意味を持つのか。分からないまま、私は話し続けていた。
「九島さんは、私が好かれる自分を認めていないから、私を好いてくれる両親を苦手にしているって言った。なんでそんなこと分かったの? 九島さんは頭がいいから、私や他の人を観察していれば分かるのかもしれない。でも、もしかして、九島さんも、私と一緒だったり、しない? 誰に対してかは分からないけれど、自分が嫌いで、好かれる反動から好いてくれる人への苦手意識を持っていて、それに気付いたんじゃない……かな。だから私に、あんなことを言えた」
 話すのが苦しかった。こんな、言葉の端をとらえて、大切な友達である九島さんの心を分析気取りするようなことはしたくなかった。今日九島さんが口にした言葉達の輝くような前向きさを、わざとらしい程だったと考えるひねくれた自分が嫌だった。でも、もしも本当に九島さんが死にたがっていたら、今言わないと手遅れになるような気がした。本当にそれを明らかにするのがいいことかどうか、私には分からない。こんなに急いで話を進めず、ゆっくり探っていくべきなのかもしれない。でも、言わずにはいられなかった。
「そして、私が本当に自分は生きたいのか分からないって言った時は。軽く流して、私に自信を持たせるようなことは、言わなかった。死にたい時が来たら九島さんに話して、って言った。……私が、死にたくなるのを、待って、いないかな」
 これで、私の問いかけは、最後。
「私の勝手な想像だったら、ごめん。でも、九島さんは……私と一緒に、今すぐにでも死にたいって、本当に思って、ない?」
 私の語尾は震えていた。その震えの余韻が消えても、二人とも何もしゃべらなかった。今日会った最初の時よりも、居心地の悪い沈黙が続いた。
 私は黙って待った。言いたいことは吐きだした。あとは九島さんがどう返してくれるかだった。
「……だとしたら」
 ぽつり、と九島さんが言った。
 私は九島さんを見た。怖いほどに無表情だった。
 その無表情が、音を立てたように破れる。
「だとしたら……どうなの。ウルは!」
 食堂中に聞こえるくらいの声で、九島さんは私の名を呼んだ。その声の大きさに、九島さん自身も驚いたように、言葉を途切らせた。
 また数秒、二人とも何も言わない時間が流れる。そして九島さんは、言った。
「……ウルは、一緒に死んでくれるの?」
 すがるような声だった。九島さんのそんな声は、初めて聞いた気がした。小さな九島さんの体が、一層小さく見えた。
「……九島さん」
 私は、泥のついた傷に触れる心地で、言葉を紡ぐ。
「私も、少し考えたんだよ。フコーが消えてから。私は、自分が他人から好意を向けられるほどの人間とは、思えてなかった。そう思えていないことにも、気付いてなかった。これは、さっき九島さんが教えてくれたこと。でも、その代わりに、私から九島さんに言えることがあるかもしれない」
 ろくに人づきあいもできない、空気も読めない、会話能力のない私だけど、今は言葉しか使えるものがなかった。この、泣きだしたくなるほど無力な言葉しか。
「九島さんが、どうしてそんなに死んでしまいたいと思うのか、私は知らない。私から見たら九島さんは何でもできる人だけど、きっと九島さんには私よりもっと辛いことがあったんだと思う。私が助けられることなら、助けたい。でも、助けられないことの方が多いはず。私は、九島さんを直接助けられない」
 話しながら、内心で、もし私が手を貸せる悩みがあったとしても、やはり九島さんはそれを言ってはくれないだろう、と思っていた。
 姫宮は、九島さんが、私と仲良くすることで自尊心を満たしていると言った。あいつの言ったことをそのまま受け取るつもりはない。九島さんは、私に対し素直な友情も持ってくれている、とは信じている。けれど、九島さんのような優等生が、私みたいな隅っこにいるような人間と仲良くするという行為には、どうしたって特別な意味がつきまとうことは否定できない。それが、九島さんの心で小さくない位置を占めていたと思うのは、自意識過剰だろうか。そして、私が入院して接触のない間に、九島さんはその部分を満たすことができず、心の平安を取り戻せずにいたとしたら。そのまま心が傷んでしまっていたとしたら。私が九島さんを危ぶんだのは、この想像のせいもあった。
 九島さんが私に手を差し伸べる、という構図が九島さんにとって必要なのであれば、九島さんが私を頼ろうとするとは、考えにくい。少し残念だが、それを私は責めようと思わないし、悪いとも思わない。私が九島さんを完璧な人間として見ていたことと表裏一体だからだ。ただ、今、この時だけは。その構図を、逆転させたいと思った。私から九島さんに手を伸ばしたいと思った。
「生きていく先には、悲しいことが沢山ある。無駄にしか思えない遠回りもある。傷は無限に増えていく。どうしようもなく大きい欠落もある。それら全てが宝物に転じるなんて、都合のいいことはない。私たちは無力で、どんどん何かが零れ落ちていく。人の視線は怖くて、必要とされる物は持ってなくて、信じたり信じられたりすることは失敗して、未来の希望なんて分からない。生きるってことそのものが、どこか不自然で、辛さの海の中を泳ぐってことなんだと思う。楽しいこともあるけど、それは辛さの中に埋もれてる」
 九島さんは思いつめたような、そして悲しそうな目で、唇を引き結び私を見ていた。
 私も、自分の考えを口にしていて悲しくなる。本当に、そんなに人生は辛いものなのだろうか。素敵なことだって、フコーと別れた夜に見つけたはずだ。何が入っているか分からないプレゼントや、いつの間にかできた背泳ぎや、仲直りできる友達のような。それらは確かに存在する。だが、それに手が届くまでに、幾重もの痛みの雨を浴びていかなければならない。だから、やはり、人生は辛いものだと思う。私があの夜見つけた生は、辛さを感じてなお立っていることとイコールだった。人によっては、喜びの方が大きく感じられて、雨なんて跳ね返せるという人もいるのかもしれない。しかし、そういう風にできない人間もいる。電話のベルにすら怯えるような臆病な私にとっては、世界は恐怖で満ちている。
「自分が他人にとって価値を持つって、信じられない。自分の人生が世界にとって意味を持つ気がしない。何をするのも、怖い。私はそう。九島さんも、そうかもしれない。だけど、考えたんだ」
 そう、考えたのだ、私は。
 フコーが去って、薬を飲んでどこか腑抜けたような頭で、考えたのだ。
「自分が他人にとって、どんなに無価値でも。振り返れば自分なんて欠損だらけでも。……それでも」
 フコーのことを思い出す。希望を見せて、けれど恐怖に変わって、そして失われたフコーのことを。心が痛い。希望だと思ったものが、歪みから生じたものだということが。恐怖してしまったことが。そして、私がそれを葬ったことが。何か、大きな過ちをしたような悲しさを生む。
 でも、フコーは、間違いなく、私の一部だった。
「自分を愛することは、できるはずだよ。自分の全てを、愛するべきだよ。だって、自分なんだから」
 フコーがもたらした、喜びを、苦しみを、喪失感を。私だけが体験したそれらを。私の他に、誰が愛せるというのだろう。
 フコーがいたことを愛そうと思う。フコーがいないことを愛そうと思う。それが、私が見つけた、もう一人の私であるフコーに報いる方法、生きていく方法だった。
「自分は、無条件に、自分のためにいてくれる。他の何よりも、確実に。いい所も、悪い所も、成功も、失敗も、愛せる。生きることを肯定してくれる。それなら、生きていける」
 私は九島さんの瞳に向けて言った。九島さんの瞳は揺らいでいた。
 誰が私を嫌おうと、私が誰を嫌おうと、世界が私に敵しようと、私が世界に敵しようと。私は、自分のことを愛する。自分の変化を愛する。自分の涙を愛する。フコーの存在と消失を愛する。今までとこれからの痛みと苦しみと徒労を愛する。自分の理由のない生と死を愛する。
 自分を愛することは、ただ自分を甘やかすことと近くて違う。愛する存在にはより素敵な存在になってほしいと思う。幸せに近づかせようとする。けれど、それに失敗しても失望しない。永遠の愛とは、そういうものだろう。
「私は九島さんに生きてほしい。でも、私が生かせるのは私しかいない。九島さんを生かすのは、九島さんにしてもらうしかない。だから、九島さん……」
「…………」
 九島さんは、何も言わなかった。唇を閉ざして、私を見ていた。テーブルの上においた拳が握られ、全身に力が入っていることが推測できた。
 私は、自分の言葉の頼りなさに、涙ぐみそうになっていた。だが泣いてしまったら、病院の人に何かと思われ、九島さんともう会えなくなるかもしれない。それは嫌だ。だから無理やり涙をこらえる。病院の人に気付かれなくても、こんな話をしてしまって、九島さんに鬱陶しがられてもう会ってくれなくなるんじゃないか、という不安もあった。それが更に私を泣かせようとする。でも、泣いている場合ではない。
 大きな窓から入ってくる陽の光に、九島さんの髪がキラキラと輝いていた。つけっぱなしになっている食堂のテレビでは、クイズ番組の再放送をしていて、問題が出るたびにいちいち声をあげて答えている患者がいた。私たちの緊張なんて、世界に何の意味も持っていないようだった。
 九島さんが、す、と席を立った。
「……帰る」
 言って、机の上に広がったドーナツの包みを片付け始める。
「待って!」
 私も反射的に立ち上がり、九島さんの手首を掴む。
 九島さんは、くすんだ目で私を見た。その視線に、私は少し怯えてしまった。
「離して」
 重い鉛の錠前のような声でそう言われる。手がすくんだ。その瞬間に九島さんが手を抜きとる。そして紙くずをドーナツ屋の袋に入れる。それをバッグの中にしまったら、もう九島さんは帰ってしまう。
 私は焦った。このまま九島さんを帰してはいけない。私は宙に浮いた自分の手を引きもどす。へその前で両手を固く組み、お腹に力を入れた。声を押し出す。
「九島さん、お願いだよ。自分を捨てないで、認めてあげてよ。九島さんの命に、嬉しかったこととかと辛かったこととかそのほか全部に意味を持たせるために、愛してあげてよ!」
 テーブル越しに、懇願するように私は訴えた。自分が気持ち悪かったけれど、止められなかった。九島さんに言葉を届けたかった。気持ちを伝えたかった。立ち去らないでほしかった。死なないでほしかった。
 しかし九島さんは、聞きたくないというように激しくかぶりを振った。私を睨みつける。
「なんで? なんでウルは、そんなこと言うの? そんな……! 愛するなんて、口当たりのいい言葉で誤魔化して。私のこと知らないくせに。どんなに怖いか、悲しいか知らないくせに。自分を愛せなんて、ありふれたお題目で! どうしてウルはそんなこと言えるの!?」
 抑えた声で、しかし叩きつけるように問われる。
 私は九島さんのことをどれだけ知っているだろう。好きな作家は知っている。好きな音楽家も知っている。考え事をする時におさげをいじる癖を知っている。座る時の背筋のよさを知っている。でも、何を苦しいと思うのか、何を悲しいと思うのか――ほとんど、知らない。九島さんは、そういうことを言わない人だった。せいぜい、八重歯をちょっと恥ずかしがっていることくらいしか聞いたことがない。私は、九島さんの陰を知らない。
 私は九島さんをどう思っているだろう。大切な友人と思っていることは間違いない。だが、それ以上の感情はどうだろう。例えば、親友、であるとか。親友。そう呼べるのなら呼びたい。けれど、九島さんの苦しみの正体も知らないのに、私たちの関係にその言葉を当てはめていいのか分からない。
 九島さんは私のことをどう思っているのかも分からなかった。そこには好意があるだろうか。友情は? 信頼は? 分からない。分かるわけがない。九島さんが今まで自分の暗い面を見せないで私と付き合ってきたのは、意図的なものだったらしい。ということは、九島さんは私に心を開いていなかったのか? 私にとっては九島さんが大切な存在でも、九島さんからは距離を取られていたのかもしれない。だとしたら、私の言葉を九島さんに届けることなんてできそうにない。
 私はうつむいた。自分と九島さんの関係が理解できなくなっていた。フコーがいれば、私の内面を読みとって的確なことを言ってくれたはずだ。けれど、私は今は一人なのだ。一人で考えなければならない。
 なぜ私は九島さんに死んでほしくないのか。九島さんの辛さも知らずに、死なないでなんて言うのは無責任じゃないのか。考えれば考えるほど、私に九島さんの死を止めようとする権利なんかないように思えた。
 うなだれてしまった私を、九島さんはしばらく睨みつけていたようだった。荒い呼吸が聞こえた。
「じゃあね」
 九島さんが、ドーナツ屋の袋をバッグに入れて松葉杖を手に取った。時間切れ。私は九島さんに何も言えなかった。私と九島さんとの関係も、この話も、これで終わる。



 終わる? そんなわけにいくか。そんな終わりがあるか。そんなことにはしたくない!
 九島さんは、もう私に背を向けて、食堂の出口に歩き始めている。
 九島さんはただ死にたいとだけ考えているのだろうか。私の言葉なんて何も聞きたくないのだろうか。
 いや、そうではないはずだ。九島さんは私に前向きな言葉をかけてくれた。それは、秘めた自殺願望を隠すための取りつくろいだったのかもしれない。でも、九島さんの心はそれらの言葉を生みだしたのだ。思ってもいないことを言う、なんて表現があるが、本当に思ってもいないことだったら言えない。私を心中相手として見るだけでなく、ちゃんと励まそうとしてくれた。それに、私の言葉を待っていてくれた。愚かな私は九島さんが背を向けるまでにまともなことを言えなかったけれど、九島さんは、私を待っていた。
 私は信じる。九島さんが私をはげました言葉の何割かは、本当にそう思っていたのだと。私が九島さんと出会ってから一緒にいて楽しかった、その何分の一かは、九島さんだって楽しいと感じてくれていたと。九島さんは迷っていると。そう信じる。
 信じて、そして、私は、どうしたらいいのか。
 思いつくより先に、私は走って九島さんの前に回り込んでいた。
 九島さんは足を止めて、私を見た。
「もういいでしょ、ウル」
 疲れた声でそう言われる。
「ウルは生きてけばいいよ。私は無理だ。迷惑はかけないから安心して」
「……そんなこと言わないで、九島さん」
「ウルこそそんなこと言わないで。無責任だよ」
 さっきとほぼ同じやりとり。リテイクしてもやっぱり、私が九島さんの命に責任を持てる論理は、考えつきそうになかった。
 けれど、私は黙らない。
「責任とか、理由とか。そんなの……どうだっていいじゃない」
「どうだっていい?」
 九島さんは顔をしかめた。
 私は九島さんの瞳に焦点を合わせて、一歩距離を詰める。
「責任や理由が先にあって命が生まれるんじゃない。命が先にあってそれから責任や理由が生ずるんだ。九島さんが、生きる意味を考えはじめたら袋小路だって言ったじゃない。その通りだよ。生きる理由なんてなくても、生きていけるのが命なんだと思う。何か意味を探そうとしちゃうから、かえって見つからないことに気づいて、虚無感に襲われる。でも、いいんだよ。何もなくたって、生きていいんだ。責任を感じずに、命を生かしていいんだ」
 理由なんてないけれど、生きて幸せになりたい。それはフコーとの別れを決めた夜にも思ったことだった。
 九島さんは、迷うように唇を動かして、淀む声で言った。
「……私は、それでも、そもそも、もう生きたいと思わない。もう、嫌なの。自分にうんざりしたんだ。私がいたって意味なんかない」
「私は九島さんに生きていてほしい」
「そんなのウルの勝手じゃない」
 九島さんはにべもなく言う。だが私は続ける。
「私は、九島さんの辛さを知らない。だから、今の私が生きてほしいなんて言っても、勝手な話に聞こえると思う」
「分かってるなら、もう」
「でも」
 私は九島さんの言葉を遮った。そんなことは初めてだった。
「でも、これから、色々話そうよ。辛いことも話してよ。私だって、ちょっとくらい九島さんを支えたいよ」
 九島さんは私に弱音を吐きそうにない、とは思った。さっきはそこで思考を止めた。でも、それを仕方ないとしちゃいけない気がした。九島さんを助けたいなら、話をしてもらえるように努力するべきだ。安心して話してもらえるような存在にならなくてはいけない。なりたい。
 特に仲のよくないクラスメイトと緊張して話をした後、背後でその子が誰かと笑いあっていると、私のことを笑ってるんじゃないかと怯えた。九島さんみたいに誰とでも気軽に話ができれば、いちいちこんな気持ちにならなくて済むんだろうなと思っていた。しかし本当はどうなんだろう。九島さんは一日の内に私より沢山の人と話す。それならば、私より悲しく思うきっかけが多いのかもしれない。そういうことを、私は今まで考えなかった。でも、これからは、九島さんのことを気にしていきたかった。一人にしたくなかった。
「九島さんの悩みを聞いたからって、私は九島さんを馬鹿にしたりしない。尊敬が消えたりもしない。だから、愚痴ったり相談したりしてもらいたい」
 バッグを持つ九島さんの手が、閉じたり開いたりしていた。
「なんで、そこまで言うの? ウルはなんでそうなの? 私にこんなことまで言われてるのに、なんでそういうことを言えるの!?」
 今日何度目かの、なんで、という問い。それを繰り返す九島さんは、ガラスで出来ているように見えた。硬く、しかし極端に脆い。
 私はそっと答える。
「……愛してるから」
「……それは聞いたよ。ウルは自分を愛せばいい。私は私を愛せない」
「違う。私は――」
 理屈も責任も何もかも捨てて、私が九島さんに言いたいこと。私が九島さんにこだわる理由。
「――九島さんを、愛してるから」
 散々回り道をして辿りついた答えは、ありふれているくらいにシンプルだった。
 私は九島さんを愛している。色んな躊躇いを取り去った後に、この気持ちが残っていた。
 空気が、冬の夜明け前のようにシンとして感じられた。私と九島さんは、まるで呼吸すら止まったようだった。
 その静寂を破って、私はゆっくり口を開く。
「私は、私のことも愛してる。でも同じくらい、九島さんのことも愛してる。九島さんの一部しか知らなくっても、それを全部愛してるし、まだ知らない所も愛したいと思う。世界は絶望的だけど、私がやっと見つけた愛せる物を、失いたくない。だから、九島さんは自分を愛するに足る人だって気付いてほしい」
 私を励ますために、九島さんは私を好きと言ってくれた。それなら、九島さんだって好意を向けられたいはずだ。そんなことにもなかなか気付かなかった。
 九島さんは、瞬きもせずに私を見つめていた。
「生きることは辛いけど、愛せるものもある。愛されることもある。それは武器にも鎧にもなると思う」
 この気持ちが、みみずく書店でフコーが指摘したような、恋愛感情なのかどうかは分からない。ただ、九島さんのことがとても大切に感じられた。だから私はこの言葉を使う。何度でも。
「九島さんは私を好きって言ってくれたよね。私は九島さんを愛してる。九島さんの好きな私が九島さんを愛してる。それが、九島さんが九島さんを愛する理由に、九島さんが生きる意味になってくれないかな」
 九島さんはうつむいた。
 私は必死だった。何とか九島さんの心を私に振り向かせたかった。
 大事な人が死にたがっている時は、こんなに心を絞られるような気持ちになるのかと思った。自分が死にたいと思っている時と、どちらが辛いとも言い切れなかった。一見自分が死にたい方が辛そうだけれど、自分の場合は死ねば楽になるという解決法がある。けれど誰かが死んでしまおうとしている時は、簡単な解決法はない。だから、どちらも辛い。私の両親も、私についてこんな風に心を痛めたのだろうか。それが申し訳なくもあり、わずらわしくもあった。……そう、わずらわしさも、感じている。そんな自分に驚いた。けれどそれは正直な気持ちだった。九島さんに言われたように、私は他人に愛されることに慣れておらず、強い気持ちを向けられることを鬱陶しく思ってしまう。だとすれば、九島さんも、私と同じように愛される自分を認めていなくて、同じように私をわずらわしく感じてしまうだろうか? それはとても怖い。でも、このままにはしておけない。
 私は、九島さんが私の好意を、愛を、受け止めてくれることを願った。その願いが叶うと思えるのは、私が九島さんに好かれているという根拠に基づく。好きな人に愛されていたら嬉しいだろう、ということだ。それを自覚すると、ナルシスティックで複雑な気分になる。でも、九島さんは私を好きだと言ってくれた。その事実にすがって、他の様々な悪い可能性には目をつぶり、話し続けた。
「自分を愛していれば辛くっても生きられるって私は言ったけど、でもやっぱり、自分で自分を愛するだけじゃ辛い。一人ぼっちは怖い。自分が他人より劣っているように感じていても、それでもそばに誰かが欲しい。だから人間は繋がりを求める。繋がりがあればもっと耐えられるから。私は九島さんのそばにい続けたいし、いてほしい」
 さっきまで独りになることを恐れ、永遠の関係などないと嘆いていた私が、ずっとそばにいたいなんて言うのはおかしいだろうか。しかし、私が他人が離れていくのを恐れていたのは、誰かといたいことの裏返しだったのだと、歩き去ろうとする九島さんを見て気付いた。そして、将来本当にずっといるかだけでなく、今、ずっと一緒にいたいと思えること、その瞬間的な想いも大切なのだと思った。虚構のようであっても、信じられればそこに価値はある。
「だからさ。一人になろうとしないで。二人で死のうとしないで。二人ならやってけるよ」
 自分の言葉が、どれだけ説得力があるのか分からなかった。もっと感動的な言葉で九島さんの心を動かしたかった。しかし、私にそんな才能はない。ただ、思っていることをぶつけるしかなかった。
 私は九島さんが何かを言ってくれるのを待った。
 視界の隅で他の患者が私たちを見ていたが、気にしなかった。
 心臓が首筋にあるかのように、どくどくという音がした。
「…………」
 不意に、九島さんの目尻から頬に、一筋の水が流れた。
 その跡を、更に何滴もの涙が通る。
「……っひ。ウル……、わた、私は……」
 しゃくりあげはじめた九島さんに、私はどうしたらいいのか困惑した。
 躊躇った挙句、九島さんに近づいて、その小さな体を抱きしめた。ちょうど、学校の裏庭で九島さんが私にそうしてくれたように。松葉杖が少し邪魔だったが、もろともに腕をかけた。九島さんははじめ抵抗するように少し身をよじったけれど、私が抱きしめ続けていたら、やがて私の胸に頭を預けてきた。
 人の体が、こんなに温かくて、重いものだと今まで知らなかった。
 九島さんは体を震わせながら、涙声で呟いていた。
「私、もう、嘘ばっかりついて、だ、誰もいなくて、どうしようもなくて、嫌で、でも、死ぬの、怖くて、」
 溢れる九島さんの言葉はうまく要領を得ない。でも、焦ることはないだろう。私たちには、きっとこれからの時間がある。人生はこれからだ、なんて言葉は大嫌いで憂鬱になるばかりだったけれど、今は、先があることが嬉しかった。
「九島さん、きっと、もう怖がらなくていいよ、怖くっても私がいるから」
 フコーの存在で、誰かと一緒にいることの心強さを覚えた。フコーが消えたことで、一人の悲しさと、それでも生きたいと思う自分に気付いた。
 だから。
「一緒に生きよう」
 この一言が言えるようになるために、フコーは現れたのかもしれないと思った。それなら、私が生きていくことが、フコーのいた証明になる。
「……うん」
 九島さんは小さく答えた。
 これで、こんどこそ、この話は終わる。
 物語みたいに、最後にフコーの声が蘇ったりしないかなと思ったけど、そんなことはなかった。でも、聞こえなくっても、生きていける気がした。愛せるものがあって、おまけに、少なくとも今この時は、私は一人ではないのだから。


【END】


オーナー:takatei

(出典:マーガレット千夜一夜)

評価数:7
(samantha)(asuroma)(suika)(elec.)(samantha)(clown)(clown)


はやく続きかいてください (samantha)(03/30 19時26分21秒)

"フコーがいたことを愛そうと思う。フコーがいないことを愛そうと思う。"この部分が特に好きでした。 (asuroma)(04/30 18時39分32秒)

感想を長々と書きたいけど恥ずかしいので止めよう……
完走おつかれさまんさでした (elec.)(04/30 21時32分54秒)

生身の心が悩んだことや考えたこと、生きるために傷口から生み出してきた拙い武器がそのままに書かれていて、あまりにもストレートで、面白かったとか感動したとかそんな評価は似つかわしくなく。創作するすべての人に、一度は挑戦してほしい境地であった。 (samantha)(04/30 21時33分02秒)