名前:漆口ふたえの個人的な体験
HP :5
攻撃力:0
防御力:0
素早さ:4
剣技:
 ・召喚剣<0/6/0/2/高高/ハンドウケイセイ>
 ・召喚剣<10/0/0/4/熱熱絶絶/トウソウガンボウ>
 ・召喚剣<0/3/0/5/高高/ブンリ>
 ・召喚剣<20/0/1/2/死盾護/タイコウ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/熱絶衝衝熱/ドウイツシ>
 ・召喚剣<5/0/0/2/魔魔魔魔魔魔魔/オキカエ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝衝/ショウカ>
 ・召喚剣<25/0/0/2/死回4斬/トウカイ>
 ・召喚剣<5/0/0/3/鏡鏡鏡鏡鏡鏡/ジコトウエイ>
 ・召喚剣<5/5/0/2/衝衝/コウゲキ>
 ・召喚剣<5/1/0/4/熱熱衝絶/ヨクアツ>
 ・召喚剣<5/0/0/4/鏡鏡鏡鏡鏡/セッシュ>

設定:
13.
 入院を開始して、十日ほどが経っていた。
「ふたえちゃん、もうお風呂入った?」
「いえ、まだです」
 同室の患者に声をかけられる。その程度にはここに馴染んでいた。ここは、基本的には、他人に対して友好的にふるまう人が多い。私に対して親しく声をかけてくれる人が学校よりも多くいるのが、何だか不思議だった。とは言え、みんながみんな仲良しではないらしいことも、何となく分かってはきていたが。
「今お風呂空いてるみたいだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
 今日は基本的に二日に一度の入浴の日だった。病棟内につくられた浴室は、男女が一日交代で使用する。二人入れば一杯になってしまうため、空いている時間を見計らって入る必要があった。
 タオルにシャンプー類、それに着替えを持って浴室に向かう。
 浴室には言われた通り誰もおらず、少しほっとした。自分の体に自信のない私は、同性相手でも、裸を見られるのが嫌だった。脱衣場で手早く服を脱ぎ、中に入る。
 中は湯気がこもっている。いつもそれがなんとなく気持ち悪い。シャワーの前に座って、体にお湯を浴びる。十人以上の、病状も様々な人たちが使う。中には日常生活で排泄物を漏らす人や、湯船に浸かっても決して体を洗わない人もいる。そのため、湯船につかるのには正直抵抗があり、私はシャワーで済ませることにしていた。
 シャンプーを手に取り、髪を洗う。大きく息を吐く。
「……なんだ? ため息なんかついて……」
 脱衣場から、フコーの声がした。
(別に)
 私は心の声で答える。
 数日前から、フコーは明らかに不活発になっていた。現れる時間が少なくなり、姿を見せても眠そうにしている。私にいやな言葉を叫ぶことも少なくなった。恐らく、入院してから飲まされている薬のせいなのだろうと思う。九島さんが事故にあったと知る前のフコーに近い、普通の会話もできる時期もあった。しかし今はそれを通り越し、ほとんど眠っているようで、会話をすることはほとんどなくなっていた。
 恐らく、このままいけばフコーは消えるのだろう。それが私に対する治療の前進なのだろう。
 安定剤という物の効果だろうか、私の感情も、どこか起伏の少ない、凪いだような物に変わりつつある気がした。
「……よかったな……マトモに戻れるぜ」
「…………」
 マトモ。マトモとは、何をもって言うのだろう。私が今までマトモだったことがあるのだろうか。


 入院してから、何度か主治医と面談をした。その際に一度、何かの病気の代表的症状らしき物が並んだチェック用紙を渡された。そこには、私とフコーについて心当たりのある現象もいくつか含まれていた。
 たとえば、「部屋の上方、隅から、自分に誰かが話しかけてくる。それに応答してしまう」。フコーと会話しているのは、そのものだろう。
 たとえば、「自分の思っている事が聞こえてくる。静かにするとそれが高くなる」。フコーの声が結局は私の思考だとすれば、一致する。
 たとえば、「食事をしようとすると、そら食べるよ、そら又、ガツガツ食べるという声が聞こえる」。フコーは食事中に似たようなことを言っていた。
 たとえば、「自分は何も言わなくても、他の人に自分の考えている事が分かる。それは周りの人達の顔つきで分かる」。フコーが他人に話しかけた時、私の思考が伝わってしまうのではと心配になった。
 たとえば、「『奇怪、憑き物』に支配されている」。フコーの存在がそうだ。
 たとえば、「もう一人の自分がいるように、とりとめのない思考が頭の中に次々に浮かんでくる」。フコーがもう一人の私のようなものだとすれば、当てはまる。
 これらの合致から、医師からすればフコーは妖精でも奇跡でもなんでもない、ただの精神病の症状とされるのだろうと知った。フコーが見えて会話していることを話した方がいいだろうか、とも思った。けれど私はそうしなかった。主治医には、ただなんとなく色んなことが面倒になって、死にたくなったんです、という話だけをしていた。


 コンセントを使った道具が禁止されているここでは、ドライヤーなど使えない。タオルで髪を拭きながら浴室を出て病室に戻ると、ベッドの上に、母からの書き置きがあった。食堂で待っているらしい。
 両親が、お菓子や本、電池に着替えなど、色々な物を持ってきてくれるのはありがたい。ほぼ毎日、父か母かどちらかが様子を見にきてくれるのは頭が下がる。話している間はフコーの声も小さくなる。けれど、やっぱり私は、どんな顔をして二人に会えばいいのか分からず、会うことが気が重いと感じてしまうのだった。
 とはいえ、会わないわけにはいかない。タオルをベッドの枠に干し、食堂に向かった。
 母は窓際の席に座って文庫本を読んでいた。私が近づいていくと、顔をあげて笑みを見せる。その笑みの受け止め方が分からない。笑顔を返せばいいのだと頭では分かっているのだけれど、それが顔に現れる前に何かに妨害されてしまって、私は妙にこわばっているだろう表情で母の向かいに座った。
「どう、何かあった?」
 母が、この十日でお決まりとなった質問をしてくる。
「……先生と面談したけど、特に何も変わってないよ」
「そう……。あ、ほら、ふたえが読みたいって言ってた作家の本、見つけたから持ってきたよ」
「あ、ありがとう」
 その後、他に持ってきてくれた物についてや、家で何があっただとか、天気がどうだとか、雑談をする。雑談と言っても、毎日会っていれば話題もなくなりそうなものだが、両親は何かしら話をつなげる。私にはできないことだな、と思う。
 話が一区切りしたところで、母が聞いた。
「他の患者さんと話したりするの?」
「……うん、まあ。よく声をかけてくれる人、いるよ。昔、学校の先生だった時の事を話してくれる人とか」
「ああ。そういう人って、誰でもいいんでしょうねきっと」
「…………」
 私はうつむいた。言いたいことがあったけれど、言っていいのか分からなかった。
「そうそう、庭のエサ台に、ヒヨドリがくるようになったんだよ」
 母は気付かぬふりで次の話題に移った。そうなるともう、私には何も言えなかった。
 そのまままた少し話をした後、母はそれじゃまた明日ね、と言って帰っていった。
 残された私は、周囲を見回した。食堂には他にも何人かの患者がいて、テレビを見たりジグソーパズルをしたりしていた。私と母の話は聞こえてしまっていただろうか。
 母の、他の患者を異常な人と決めつけているような言葉が悲しかった。確かに、ここにいるのは精神の病気を患っている人ばかりだ。彼ら彼女らはどこかおかしいのだろう。けれど、だからと言って、新入りの私に対して話しかけてくれる行為までも、異常さの表れとして見てしまうのはよくないことのような気がした。精神の治療を受けている人間は、マトモな行動を一切とれないのか? 人格が尊重されないほどに、おかしいとでも言うのか? そんなことはないと思う。まして、他の患者たちの耳のあるここであんなことを言うなんて。
 そこまで考えて私は、何だか、母にひどく裏切られたように感じている自分に気付いた。ちょっと迂闊なことを言われたというだけなのに、とてもショックを受けていた。裏切られたという感覚は、信じているから生まれる。私は母を全面的に、信じているのだ。人間なのだから欠点があるということを、頭では知っていても心が納得していない。だから、少しの瑕疵を見ても大きく動揺する。
「……苦手意識があるくせに崇拝してるとか……めんどくせーなお前」
 フコーの声だけが、小さく呟いた。その通りだ。
「これじゃあ……相変わらず九島を完璧超人だと思ってねーか……怪しい……も……」
 途中で言葉はかすれ、聞こえなくなった。
 九島さん。九島さんはどうしているだろうか。心配だった。両親に聞けばどうなったか分かるかもしれないが、九島さんの事故と私の自殺未遂が関係があると思われて迷惑をかけるのが不安で、聞けないでいた。フコーがいれば何かいい案を教えてくれたろうに、私一人では何も思いつかなかった。心細かった。
 それからの時間は、親のことや、私のこと、そしてフコーのことを考えて過ごした。


 消灯時間の30分前が、私が薬を飲む時間だった。ナースセンターに行き、薬を渡された。薬を口に含み、もらった水をその場で飲む。
 私はそのままトイレに行く。個室に入る。
(……フコー。聞こえる?)
 フコーの声は返ってこない。
(私、このままフコーを消すのは、嫌だ)
 トイレは静まり返っている。聞こえる音は、トイレの外からの物ばかりだ。
(フコーは私と1セットでしょう? 私を幸せにするために現れたんでしょう? まだ、全然幸せになってないよ。フコーが私のつくった幻でも、こんな、自分の一部を無理やり眠らせるみたいなこと、やりたくないよ。だから)
 便器に、口の中に入れたままにしておいた薬を吐きだした。
(だから、薬を飲むのをやめる。フコー、戻ってきて)
 水を流す。薄紅色の錠剤が飲みこまれていく。
(……フコー。私は、フコーを消すことがマトモになることだとは思わない。フコーと一緒になって初めてマトモになれる)
 フコーはまた私に死ねと言うだろうか? でもフコーがあんな状態になったのは、九島さんが事故にあったと聞いた私が動揺していたからではないか。今なら、大丈夫かもしれない。いや、きっとそうだ。
(そうだよね)
 他人から見れば、フコーは狂気の産物でしかなかろうと、私にとっては奇跡だったんだ。生きるために必要な存在だ。フコーがいなければ、九島さんとの関係を保てない。勉強もできない。両親とどう付き合っていけばいいか分からない。
(フコー、助けにきて)
 私は祈るように思った。


オーナー:takatei

評価数:2
(suika)(clown)